売れなきゃ消える…緊張の作家デビューから自分を見失いかけた芥川賞受賞まで 作家・吉田修一がはじめて語った本音

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  • 東京湾景
  • 7月24日通り
  • 長崎乱楽坂

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【特集 吉田修一の20年】吉田修一、新潮文庫の自作を語る【前篇】

[文] 新潮社


吉田修一さん

「ちょっと偉そうなことを言わせてもらうと――。」
『悪人』『パレード』『パークライフ』『東京湾景』『長崎乱楽坂』……など、純文学やエンタメの垣根を越えて書き続けてきた作家・吉田修一が、デビュー20年を節目に語る本心と創作の秘密とは?〈自作を語る 前篇〉

【後篇】はこちら
https://www.bookbang.jp/review/article/586900

 ***

『東京湾景』(2003年)
品川埠頭の倉庫街で暮らし働く亮介が、携帯サイトの「涼子」と初めて出会った25歳の誕生日。嘘と隠し事で仕掛けあう互いのゲームの目論見は、突然に押し寄せた愛おしさにかき消え、二人は運命の恋に翻弄される。東京湾岸を恋人たちの聖地に変えた、最高にリアルでせつないラブストーリー。

――今度、『東京湾景』に後日譚というか、新たに短篇「東京湾景・立夏」を書下ろして頂いて、文庫の新装版を作りました。

吉田 それで久々に読み返したんですが、まったく自分の作品ではないみたいでした。他の作家の方も十五年前の旧作を読むと、そんなふうに思うものですかね。

――どのへんでそう思いました?

吉田 まず、いろんな意味で〈若い作品〉ですよね。こんなに恋愛小説していたんだと思ったし。書き始めたのは、何度か芥川賞の候補になった後、『パレード』(02年)で山本周五郎賞をもらった頃でしたね。

――冒頭の「東京モノレール」が「小説新潮」に掲載された時、目次か表紙に〈受賞第一作〉と書いた記憶があります。

吉田 そう、うまく連作になればいいな、くらいに思って書いたのが「東京モノレール」でした。

――二〇〇二年の五月に山本賞を受賞して、七月には「東京モノレール」の直前に書かれた「パーク・ライフ」で芥川賞も受賞されます。いまだに純文学の賞である芥川賞とエンタメの山本賞を両方受賞した作家は他にいません。

吉田 『パレード』も『東京湾景』も別にエンタメを意識して書いてはいないんですよ。『パレード』は五人の話が繋がって長篇になるんですけど、一篇一篇はそれまで「文學界」に書いていた短篇と変わらないと思います(注・吉田さんは「最後の息子」で文學界新人賞を受賞して作家デビューし、「文學界」で短篇を書き続け、受賞までに四たび芥川賞候補になった)。どれも東京に住む若い人間が何かを抱えている話だし、ラストもモヤモヤした終り方だし。

『パレード』は初めての長い小説だったから、うまく長篇になるのかなというプレッシャーはありましたが、五篇を繋げてみたら大きな物語のうねりみたいなものが生まれて、さらに「これはエンターテインメントだ」と評価されたので、書いた僕が驚いた(笑)。エンタメと純文学の違いって、よくわからないまま書いていました。

 僕はよく、小説は場所への興味から始まると言うんですけど、『東京湾景』もそうですね。直前の「パーク・ライフ」は日比谷公園が舞台でした。じゃあ、次はどこかなあと考えた時に、自分が働いたことのあるお台場と品川を思いついたんです。あのへんの雰囲気を書いた小説ってまだないんじゃないか。場所が決まると、次はその場所にいちばん似合う物語を考える。そこで、恋愛小説をやろうとなった気がします。

 その段階ではまだ組み立ても何もありません。出会い系サイトで美緒と亮介が出会うことしか決めてなかったと思う。連作になるにしても、別のカップルを書くつもりじゃなかったのかなあ。

――当時のインタビューをひっくり返してみたら、吉田さんは「もう最初からラストのシーンを決めてた」みたいに仰ってましたよ。

吉田 たぶん、それは嘘ついてる(笑)。あの終り方は、本当にぎりぎりで出てきたんですよ。このあいだ「週刊新潮」で一年間の連載が終わった『湖の女たち』(20年春刊行予定)のラストだって、思いついたのはつい最近(笑)。

 さっき、『東京湾景』を〈若い作品〉と呼んだ理由のひとつは、青山ほたるって小説家が出てくるでしょう?

――ああ、彼女の作中内小説みたいなのがチラッと出てきますね。

吉田 いわゆる恋愛小説を直球で書くのがまだ照れくさかったのだと思いますね。だから、ワンクッション置くために小説家を出したのでしょうね。いま書いたら、彼女は出てこないと思う。

――吉田さんと小説の打合せをすると、必ず土地とか地図の話になりましたね。

吉田 そのへんは相変わらずですよ。『湖の女たち』でもそうでしたけど(注・地名は変えているが琵琶湖周辺が舞台)、小説を書く時、土地がいちばん味方になってくれるんですよ。土地は裏切らない、みたいな(笑)。

――地図は普通の地図をご覧になる?

吉田 最近はGoogleマップとかも見ます。昔はぴあMAPとか好きでした。

――ストリートビューなんかも?

吉田 大好きで止まんなくなります。

――Googleマップは『東京湾景』の頃にはなかったのに、吉田さんの小説は俯瞰や高低差があるというか、三次元的に土地を捉えている感じを受けます。

吉田 「パーク・ライフ」で、風船にカメラをつけて公園を写すところがあるんです。まだドローンがない時に書いたのが自慢(笑)。僕の地図というか、街の見方は高度も入っている気はします。

――今度の書下ろし短篇「東京湾景・立夏」の舞台はコリドー街です。これも場所からの発想でしたか?

吉田 『東京湾景』のまともな続篇というか、美緒と亮介の後日譚は多分書けないなと最初からわかっていて、ではどうしようかと。十何年か経って、何か変わったことあるのかなって考えながら、やっぱり地図を見ていたんですよ。せいぜいお台場に映画を観に行くくらいで、あのへんにあまり行かなくなってたし……で、ふとコリドー街があったぞと(笑)。

――直線距離だと意外と近いし、ゆりかもめだとすぐだし。

吉田 うん、元の舞台に近いし、今の恋愛小説だったらここでしょう、みたいな。

同席の編集者 私、本当に何の衒いもなく言うんですけど、歩くと絶対ひっかけられるんですよ。あそこはもう大阪のナンパ橋みたいになっちゃってます。ひょっとしたら、今の若い人にはあれが銀座のイメージなのかもしれませんね。

吉田 僕、ああいうナンパ自体は嫌いじゃないんですよ。とても健全な気がする。

――で、「立夏」の場所を決めて、ここは読者のために伏せますが、ああいう物語の仕掛けを思いつかれた。

吉田 あれは思いついた瞬間、「あ、書き終えた」って感じがしました(笑)。

――吉田さんの新人賞の頃からの支持者に辻原登さんがいます。辻原さんは「吉田さんは今どき珍しく人情話が書ける作家だ」という言い方をされていましたね。人情話をきちんと書けるからエンタメも書けるのだと思いますが、いわゆる純文学的なところと人情話のところ、それともう一つ、吉田さんは必ず仕掛けを考えますよね? 「立夏」でいうと、健全な現在のナンパ話と、あの仕掛けを両方成立させているのがすごく刺激的なんです。

吉田 それは……ちょっと偉そうなこと言わせてもらうと、構成というか仕掛けというか、そこは作家がやらなきゃいけないことだと思うんです。それが込みで小説は小説というものになると僕は考えています。

 そこをまったく無視して、いわゆる物語として語っていくのはもちろんありですが、それはやっぱり物語なわけですよね。小説は、構造をちゃんと組み立てていかないと小説とは呼ばれないんじゃないかなとぼんやり思っているんです。デビュー作以来、そのへんはいろんなことをやってきたと思うし、これからもやっていきたいんですよね。

新潮社 波
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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