「帝国」ロシアの地政学 小泉悠著

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「帝国」ロシアの地政学

『「帝国」ロシアの地政学』

著者
小泉悠 [著]
出版社
東京堂出版
ISBN
9784490210132
発売日
2019/06/26
価格
2,640円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「帝国」ロシアの地政学 小泉悠著

[レビュアー] 篠田英朗(国際政治学者・東京外国語大教授)

 地政学において、ユーラシア大陸深奥部に位置する大陸国家の代表であるロシアは、特別な位置づけを持つ。あるいはロシアにとって、地政学の眼差(まなざ)しは特別なものだと言うべきか。本書はそのロシアと地政学の特別な結びつきを雄弁に語る。

 本書の著者は、ロシアにおいては地政学と国家のアイデンティティーが「癒着」していると指摘する。地政学の視点を基盤にしないと、ロシアの境界は見えてこない。そのためにロシアの国境線の考え方には「特殊性」が生まれる。主権国家群が「曖昧なグラデーション」を形成していると考えられているのだ。

 ソ連が分裂して生まれた旧ソ連構成諸国は、ロシアの「勢力圏」にある諸国とみなされる。スラブ系民族が住むウクライナなどは、「ほとんど我々」と呼ばれる。その外側には、旧東側陣営の東欧諸国がある。冷戦終焉(しゅうえん)後に西側に近寄ったとはいえ、ロシアは自国への特別な配慮が要請される地域だとみなす。

 また、プーチン大統領によれば、ロシアやアメリカ、さらに中国やインドは主権国家だが、日本やドイツは主権国家とは言えないのだという。自己決定への制約が大きいからだ。

 ロシアの対外的な軍事介入は、シリアの例外を除き、旧ソ連圏の諸国で起こっている。ロシアは、その「勢力圏」では、特別な責任を持ち、介入行動も辞さない。特殊な地政学的な世界観にもとづいて、外交政策が決定されているわけである。

 なお地政学におけるロシアの特別な地位は、交通が遮断された北極圏を後背に持っていることであった。温暖化による近年の北極圏航路の開発という変化は、ロシアにとってチャンスであると同時に、脅威の増大でもある。北極圏と結びつくオホーツク海の安全保障は、北方領土の問題でもある。

 様々な示唆に富む洞察に満ちており、単なるロシア論にとどまらない。地政学の考え方を見直すことができる良書である。

 ◇こいずみ・ゆう=1982年生。東京大特任助教。専門はロシアの軍事・安全保障政策。著書に『軍事大国ロシア』。

読売新聞
2019年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加