地獄めぐり 加須屋誠著 講談社現代新書

レビュー

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地獄めぐり

『地獄めぐり』

著者
加須屋 誠 [著]
出版社
講談社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784065161470
発売日
2019/06/19
価格
1,100円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

地獄めぐり 加須屋誠著 講談社現代新書

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 地獄めぐりの~バスは走る~。

 などとおちゃらけてはいけない。本書は真面目な地獄のガイドブックなのである。誰でも心のなかに一つや二つ、(自分はストレートに極楽へは行けないかもしれない、地獄行きの可能性がある)と不安に思う理由をお持ちだろう。作り話ばかり書いてきた私なんぞは、妄語の罪でまっしぐらに地獄行きのクチだ。本書で「地獄の歩き方」を予習できるのは心強い。

 地獄へと旅立つ出発点は、もちろん「死」である。本書は第二章で、まず私たちの祖先が「生」から「死」への道程をどのように捉えていたのかを考える。「老いの坂図」と「六道十王図」(第一幅・死の山)を鑑賞し、いよいよ第三章からが地獄めぐりだ。ここで明快に提示される地獄の場所と構造にびっくりする。昔の人びとは、こんなにも具体的な地獄観を持っていたのである。

 普通に生活していたら、地獄について筋道立てて教わる機会のない現代人でも、閻魔(えんま)様の裁きや針の山や血の池や釜ゆでなどの地獄の要素のいくつかを何となく知っている。それは本書に紹介されている多くの「地獄絵」などの創作物のおかげだ。ご先祖様たちは地獄のことを真剣に想像し、そこから照らして人はどのように生きるべきかと思索し続けてくれた。第五章「地獄絵を観た人たち」の清少納言や西行、後白河法皇のエピソードがとても面白い。

 作家の生涯を理解し、作家が作品に込めた意図を読み取ることを最大の課題とした旧来の美術史に対し、作品の鑑賞者(私)の現在を問い、多くの鑑賞者の「まなざし」を重ね合わせることで作品を解釈しようとする動きが「新しい美術史」だ。二十年ほど前から始まったこの新しい美術史の観点で「地獄絵」を見つめることが、今の私たちが善悪をどう捉えているのか、人生に何を求めているのかを問い直す一助となる。恐ろしい地獄は、実は有り難いものなのです。

読売新聞
2019年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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