藤原彰子 服藤早苗著

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藤原彰子

『藤原彰子』

著者
服藤 早苗 [著]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784642052870
発売日
2019/05/22
価格
2,420円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

藤原彰子 服藤早苗著

[レビュアー] 本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

 摂関政治は、天皇の母方親族であることを根拠に、天皇の政務を補佐・代行し、権力を握る方式だった。表舞台に立って政治を主導するのは男性だが、その役を与えてくれるのは、天皇の母となった彼らの娘や姉妹などにほかならない。なかでも藤原彰子(しょうし)(988~1074年)は、一条天皇の中宮となって後一条・後朱雀両天皇を産み、さらに生後まもなく母を亡くした孫の後冷泉天皇を養育した。父道長・弟頼通による摂関政治の最盛期を支えた女性である。

 彰子は12歳で裳着(もぎ)(成女式)を行い、一条天皇のもとに入内(じゅだい)する。24歳の時に夫を失い、息子の即位により29歳で国母(天皇の母)となり、87歳まで生きた。現代の女性の平均寿命に並ぶ長寿だが、その歩みはだいぶ異なっている。息子や孫、姉妹など、多くの身近な人に先立たれ、権力の行方に従って簡単に変節する宮廷社会に身を置きつづけた。権勢の拡大に邁進(まいしん)する父道長をたしなめ、摂関家と縁遠いために排除された皇族たちの庇護(ひご)者となった。皇位の継承順についても、公正な意見を持っていたようだ。この時代の基本史料となる日記『小右記』をのこした藤原実資(さねすけ)は、彼女を「賢后」と称賛している。

 著者は、彰子をはじめとする女性や子供たちの生活・結婚・出産などについて詳細に語る。同時に彰子が天皇に対する親権を根拠に、政治に関与したことをあきらかにする。道長はしばしば彰子の御所で重要な政務を行った。また後一条天皇元服の加冠(かかん)役をつとめるために、道長を太政大臣に任命する際、実質的な決裁者となったのは彰子だった。のちに院政を開始した白河院は、院としての権力行使を裏付けるために、彰子の先例をたびたび採用した。著者は国母の人事決定権を「貴族社会の政治文化」と位置付けている。

 才気煥発(かんぱつ)なタイプではなく、口数少ないおっとりした少女が、天皇家・摂関家を統率する毅然(きぜん)たる家長に成長する過程は感慨深い。

 ◇ふくとう・さなえ=1947年生まれ。埼玉学園大名誉教授。著書に『平安王朝の子どもたち』など。

読売新聞
2019年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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