日本企業の失敗の原因と15年越しの仮説検証――【自著を語る】『日本企業における失敗の研究』

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日本企業における失敗の研究

『日本企業における失敗の研究』

著者
河合 忠彦 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641165465
発売日
2019/07/04
価格
4,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

日本企業の失敗の原因と15年越しの仮説検証――【自著を語る】『日本企業における失敗の研究』

[レビュアー] 河合忠彦(筑波大学名誉教授)

権威への挑戦

 私のこれまでの研究生活を振り返ると、その通奏低音は正統派に異を唱えることだったと言えるかもしれない。といっても、権威に逆らうのが目的ではなく、主流や通説と現実との間のギャップがいつも気になり、それを埋めたいという動機によるものだった。

 その始まりは、大学院生時代に、当時の社会学の世界的権威のパーソンズ教授の来日講演の際に、「先生の理論はスタティック(静学)で社会の変化には適用できないのではないか」と質問したことであり、その代償として、その後、彼の理論をベースに社会システム論を展開していた社会学の権威らに睨まれることになった。

 しかし、もっとも大きな挑戦は、戦略論の権威とされているポーター教授の競争戦略論がスタティック理論であることを批判して、筆者なりのダイナミック戦略論の構築を試みたことだった。

日本企業の薄型TVウォーズにおける敗因

 今般、有斐閣より出版した『日本企業における失敗の研究』は、そのダイナミック戦略論によって日本企業“戦史”上の最大の敗戦で、日本経済の失われた30年の主因となったエレクトロニクス産業の没落の、そのまた主因となった(液晶テレビ等をめぐる)薄型TVウォーズにおける敗因とその敗戦責任(者)を明らかにしたものである。

 経済、経営等にはあまり関心のない方々でも、今、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などのいわゆるプラットフォーム企業が覇権を確立し、その個人情報管理がグローバルな大問題になっていることはご存知であろう。ところが、この、インターネット関連の最先端の事業分野における日本企業の存在感は希薄で、中国企業の後塵も拝しているが、その起点となったのが薄型TVウォーズにおける敗戦であった。そして、それによる資金不足と戦略無策のゆえに日本企業はその後、スマホと、液晶および有機ELパネルでも敗退し、しかも、薄型TVに固執している間にGAFA等が開拓したプラットフォーム事業でも大きく立ち遅れてしまったのである。昨今、世界を騒がしてる次世代高速通信規格(5G)をめぐる“覇権ウォーズ”でも蚊帳の外である。

 薄型TVウォーズのもっとも重要な敗因は、各社の戦略が不適切だったこと、より具体的には、環境の変化に合わせて(より理想的には環境の変化を先取りして)戦略を形成し、また転換していく能力――すなわち「ダイナミック戦略能力」――が欠如していたことであった。たとえば、緒戦に圧倒的な勝利を収めたシャープとパナソニックは、いずれもその時の戦略を墨守したために、最終的には惨敗した。

 また、次いで重要だったのは、「トップ・マネジメントの選任・継承に関するコーポレート・ガバナンス」の欠如だった。薄型TVウォーズは十年近くにわたったためにその間にウォーズを主導したトップから次の経営者への交替があったが、先任トップが“院政”を敷いて後継トップの戦略に影響を与え、それが各社の“負け方”をより悪いものにしたのである。この他では、とくに、トップ・マネジメントの「敗戦責任」とはいかなるものかを明らかにしたことと、ビジネススクール教育の重要性を指摘したことを記しておきたい。

15年越しの仮説検証

 ところで、私が日本企業の戦略能力に問題があると感じだしたのは1990年代、日本企業に陰りが出だした時期だったが、当時はなお、日本企業の強さの源泉は高品質で低価格の製品を作る能力にあるとする「ものづくり論」の勢いが残っており、“ダイナミック”戦略論はもとより、戦略論自体への関心も希薄だった。

 このような中で筆者は、2004年の著書『ダイナミック戦略論』(有斐閣)で、ポーター理論等の既存の戦略論がスタティックで不十分であることを示し、その動学化への試みを行ったのだった。

 次いで、2012年に出版したのが『ダイナミック競争戦略論・入門』(有斐閣)であり、スタティックなポーターの競争戦略論を特殊理論として含むダイナミック戦略論を展開した。ポーター理論が「主要な競争戦略はコスト・リーダーシップ戦略と差別化戦略だけである。両戦略は二律背反なので一方に特化すべきであり、二兎を追えば失敗する」としたのに対して、技術革新等の進展する動態的な環境下では、二兎を追う戦略も十分考えられ、むしろ優れた戦略となり得ること、また、より一般的に、戦略は環境変化に合わせてダイナミックの転換すべきものであることを明らかにした。

 そして、以上の二書によって構築したダイナミック戦略論にもとづいて薄型TVウォーズの敗因を分析したのが今回の著書である。したがって、同書の最大の目的は、薄型TVウォーズの敗因分析と、今後への処方箋を企業に提供することにあったが、「日本企業の敗因はダイナミックな戦略の転換・形成能力の欠如にある」という仮説を検証し、また、それによってダイナミック戦略論の有効性を検証することも大きな目的だった。本稿のタイトルを「15年越しの仮説検証」としたのは、このためである。

日本企業への処方箋

 ところで、本書の研究から導かれた日本企業への処方箋は「ダイナミックな戦略の形成・転換能力の構築」と、「トップ・マネジメントの選任・継承に関するコーポレート・ガバナンスの確立」であるが、実は、これを不十分なものにしかねない事態が生じた。それは、技術革新とそれにいち早く目を付けた新興企業によってもたらされた企業環境の激しい変化、具体的には、すべてのものがインターネットに接続され(IoT)、また大規模データの分析で人工知能(AI)を用いる「IoT/AI時代」の到来によるものだった。すなわち、薄型テレビの時代よりもはるかに変化の大きな時代の到来である。

 また、より直接的な原因となったのは、GAFAなどのプラットフォーム企業の登場と、それらの成功を説明する新理論としてのプラットフォーム戦略論の誕生であった。プラットフォーム事業とは、いわば「場所貸し業」であり、出品者と購入者を出会わせて手数料を獲得するオークションサイトがその典型である。

 それが戦略論に困った事態をもたらした。というのは、プラットフォーム戦略論がポーター理論や筆者の理論などのプラットフォーム事業以外の事業について展開されたものとは独立に展開された結果、いずれによっても説明できない現象が生じたのである。たとえば、自動車に、インターネット経由で様々の情報やエンターテインメント・ソフトを享受するためのプラットフォーム端末を組み込む、というように、既存事業とプラットフォームの双方にかかわる現象である。従来の理論ではプラットフォームに関する部分を説明できず、プラットフォーム理論もプラットフォーム以外に関する部分が説明できないという事態である。

 さらに注目すべきは、これは例外的なことではなく、プラットフォーム企業の攻撃にさらされている多くの既存事業に見られる現象になりつつあり、戦略論にとっても大きな問題になっていることである。

 そこで筆者は今、「権威への挑戦」の(戦略論での)最終章とすべく(!)、ダイナミック戦略論を拡張してプラットフォーム戦略論を取り込むことにより、そのような現象も扱える戦略論の構築を試みており、本書でも、その方向性を明らかにしている。

 なお、実は、現在、今後の企業環境では戦略転換を扱うダイナミック戦略論だけでは不十分とみられるため、転換した戦略の実現に必要な資源の転換も同時に扱えるフレームワークの構築を試みている。ポーター理論等を否定してティース教授によって創始された「戦略(概念)なき戦略論」であるダイナミック資源能力論と筆者のダイナミック戦略論とを統合し、より一般化した「ダイナミック経営能力論」を構築する試みである。

 以上に見てきたように、私は日本企業と日本経済の復活への役立ちと、そのためのダイナミック戦略論の構築の試みを並行して進めてきたが、それを踏まえて、現時点で期待しているのは、次の2つのことである。1つは日本企業の復活のためにも、トップ・マネジメントを含む社員の戦略形成能力の向上(とコーポレート・ガバナンスの改革)が不可欠であり、各社はそれに力を注いで欲しいということである。また、もう1つは、企業環境の変化は益々加速し、複雑化するはずであり、ことに多くの若い研究者が、現実を直視し、できるだけ射程距離の長い研究を、必要ならば“権威”に抗してでも進めて欲しいということである。

有斐閣 書斎の窓
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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