『わたしのいるところ』
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孤独が背中を押してくれる。
[文] 新潮社
頭のなかの三つの部屋
――この小説では、時を表すタイトルのいくつかの章を例外として、多くの空間を表すタイトルがつけられています。また、「自分のなかで」というタイトルの章もいくつか出てきます。彼女がほんとうに生きているのは「自分のなかで」だけと言ってもいいのでしょうか?
「自分のなかで」というのは、このような二重構造の中で彼女が存在している世界です。彼女がいて、べつの自分がいます。これらの章を「わたしのなかで」ではなく「自分のなかで」と呼ぶところに彼女の疎外感があります。このようなタイトルを選んだのは、彼女があらゆるものにより困惑した、よそよそしい視線を向けるようにしたいと思ったからです。不安定な状態がつづくのです。
――これはあなたがイタリア語で書いた最初の長篇小説ですね。あなたを育てた言語である英語を離れることは、ご自分のルーツから離れる一つのかたちなのでしょうか?
すでに、『べつの言葉で』(新潮クレスト・ブックス)と『本の衣装』[訳者:二〇一五年六月にラヒリがフィレンツェで行なった講演をまとめた六十ページほどの小冊子。未邦訳]という二冊のエッセイをイタリア語で書いていますが、『わたしのいるところ』はたしかに英語を離れて書いた最初の長篇小説です。わたしにとってイタリア語は自分の外にあるものでした。つねに自分のことを、言語的にはよそ者だと感じています。この小説は、どこにいても居心地の悪さを感じて心の底からくつろげない、わたし自身の状況にこだわって書きました。つい自分の考えを英語で表現しようとしてしまうので、そうならないよう始終気をつけていないといけなかったのですが、いまではすっかり逆転しています。すべてがイタリア語で湧きだし、流れていきます。
いま、わたしの頭のなかには二つの部屋があります。いや、翻訳も加えると三つと言ったほうがいいでしょう。一つの部屋にはわたしが書くことを選んだイタリア語、もう一つには、アメリカの大学で教えている限り続く英語のプロジェクトが入っています[訳者:ラヒリが英語に翻訳したドメニコ・スタルノーネのLacci英題Trick は二〇一八年全米図書賞翻訳書部門の最終選考五作品に残り、クレスト・ブックスより十一月に刊行予定。このときの受賞は、多和田葉子の『献灯使』]。
――この作品はあなたの創作活動における分岐点となりますね。
そうですね、言語だけでなくスタイルも変えるという選択を示していますから。これまでとは違うやり方で書きたいと思っています。これまでと違うやり方で世界を調べ、経験し、眺めたいのです。同じアイデンティティーをずっと保ちつづけることはできません。イタリア語で書くとき、わたしはもうそれまでとはべつの部屋にいるのですから。