第二次大戦下、アメリカの女性潜水士が主人公の壮大なる歴史小説

レビュー

5
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マンハッタン・ビーチ

『マンハッタン・ビーチ』

著者
ジェニファー・イーガン [著]/中谷 友紀子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152098733
発売日
2019/07/18
価格
3,850円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

第二次大戦下、米の女性潜水士が 主人公の壮大なる“歴史小説”

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 禁酒法、大恐慌、戦争。歴史の大きなうねりに翻弄される人々の声をさまざまに響かせた、魅力的な歴史小説である。広大な海が、その媒介になる。

 舞台は、第二次大戦下のアメリカ、ニューヨーク。主人公のアナは、戦争が始まる前に、父親のエディに連れられ、裏社会の実力者デクスター・スタイルズの海沿いの家を訪ねる。エディはアイルランド系、スタイルズは反目するイタリア系だが、大恐慌で仕事を失ったエディは、家族を養うため秘密裡にスタイルズの下で働くことを選んだ。

 その後、エディは家族を残して失踪する。海軍工廠で働くアナは、潜水士を目指す。働き盛りの男の多くが戦争に取られているとはいえ潜水士は男ばかりの世界で、試験に合格してもアナを受け入れようとしない。それでも彼女は粘り強く、実力で扉をこじ開ける。

 友だちに連れて行かれたナイトクラブで、アナはスタイルズに再会するが、彼はまったく覚えていない。父の消息を求めてアナはスタイルズに接近、その力を借りて、重い障害のある妹リディアに海を見せに行く。いつしか激しく惹かれ合う二人に、エディの運命が影を落とす。

 潜水士の装具や潜水の手順、マンハッタンのナイトクラブの賑わいや、魚雷で撃沈された船から逃れ、ボートで漂流するときのようす。細部の一つひとつに込められた熱がすごい。歴史的事実を踏まえ、膨大な人数にインタビューし、作家自ら重い潜水服を装着して書かれてはいるが、小説の核になる女性潜水士がこの時期の米海軍工廠にいた、というのは完全なフィクションだそう。

 何より魅力的なのは登場人物の声だ。けなげな働き者のアナには秘密があって、時折、自分自身を裏切るような別の声が割り込んでくる。スタイルズも、エディもそうで、思いがけない運命は、彼ら自身も知らない複雑な自分に気づかせるのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年9月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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