南海・阪急の2球団が同時消滅という大事件と、その背景にある昭和史

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南海・阪急の球団売却で昭和のパ・リーグに走った激震

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 昭和最後の夏は、雨ばかりの冷夏だった。度重なる雨天順延で、プロ野球の日程も苦しかった。10月19日、近鉄バファローズのシーズン最終戦は、ロッテオリオンズとのダブルヘッダー。近鉄が二つ勝てば優勝、一つでも負けたら優勝は西武ライオンズへ。一試合めは近鉄の辛勝で、二試合めは夜のニュース番組が急遽中継するほど注目された。

 あれは確かに劇的なシーズン終幕だったが、あの試合だけが特異なのではなく、そのとき球界全体が激震のなかにあった。老舗の二球団が同時消滅。この大事件の経緯を追ったのが本書だ。南海ホークスがダイエーに、阪急ブレーブスがオリエントに、球団を売却した。二つの話はまったく別個に進んでいたのだが、目に見えない糸に引かれているような「あや」があった。

 ライオンズが埼玉に去って以来、球団誘致を悲願としてきた福岡は、ロッテと交渉していた。ロッテは川崎球場の老朽化で、移転を検討していたからだ。しかしロッテは福岡行きの話をすぐには決めずに粘る。おそらく、千葉に移転する案が現実味を帯びてきたのだ。阪急は、宝塚歌劇とブレーブスという双子の赤字をかかえてブレーブスを売りたいが、単独でのプロ野球撤退は絶対に避けたい。他球団の売却話が固まれば、すぐに続く構えだ。ダイエーの中内功は、プロ野球の球団がぜひとも欲しい。中内は阪急グループの父である小林一三に心酔していたから、ブレーブスが身売り先を探していると知ったなら心を動かされたに違いないが、それを知らぬまま南海に急接近する。南海は、ロッテをあきらめた福岡に本拠地を移す。

 パ・リーグの構造が音をたてて組み替えられたこの年。かつて球界内部にいた著者(元東京読売巨人軍代表)が、球団の売却交渉にかかわったさまざまな人たちの思惑にせまる。その筆が、背景にある昭和史を確かに記録している。

新潮社 週刊新潮
2019年9月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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