「新徴組」をご存知ですか? 幕末の動乱を活写した歴史小説

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江戸市中取締方「新徴組」史実に対峙し描く女組士

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 新選組と新徴組(しんちょうぐみ)。共に清河八郎の浪士組に端を発しながら、前者は会津藩預りとなり、京洛の市中警護を、そして後者は庄内藩預りとなり、江戸市中取締方をつとめ、町民たちから「お廻りさん」と親しまれた。

 しかしながら、文芸の世界では、新選組は、子母沢寛の古典的名著『新選組始末記』(中公文庫)をはじめ、村上元三、司馬遼太郎らが記念碑的作品を発表しているのに対し、新徴組に関しては後世に残るような作品に恵まれず、中里介山の『大菩薩峠』全二十巻(ちくま文庫)で脇役として登場するのが印象に残るくらい―が、それも昨日までのことだ。黒崎視音緋色の華 新徴組おんな組士 中沢琴』が新たなスタンダード作品となることによって、これからは小説作品を通しても、永く読者に認知されるに違いない。

 新徴組を語るに際して、半ば伝説的ともいえる、この女組士の存在を、作者は、史実を曖昧にするのではなく、むしろこれと徹底的に対峙することによって、紙幅の中に位置づけてゆく。琴は、生き生きとここによみがえったといえる。

 上下合わせて九百ページを超える大作を、作者は、琴の人生を表すことば――「しっかり生きた」によって閉じている。が、乱世を生き抜いたということは、同じ時代、共に生き、そして志半ばにして散っていった者たちの思いをも引き受けて生きてきた、ということに他ならない。千葉雄太郎をはじめ、中村常右衛門、羽賀軍太郎、新徴組を新徴組たらしめるため、自ら腹を切った三人の者のみを見ても、琴の背負わねばならぬものの痛ましき重みは容易に察しがつこう。さらに、琴の愛するものを次々と虐殺していった、御用盗の快楽殺人鬼弓張重兵衛との熾烈を極めた対決等々――それらは、驚くべき史料調査を通して浮き彫りにされ、幕末の動乱の中に見事に活写される。

 そして第五章に記された「普請中だった」の一言は、この作品を離れ、未だ開国しなおさなければならない日本の現在をも象徴しているかのように思えてならないのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年9月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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