中国は「天国に一番近い国」なのか? 監視国家の矛盾を突く新書

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幸福な監視国家・中国

『幸福な監視国家・中国』

著者
梶谷懐 [著]/高口康太 [著]
出版社
NHK出版
ISBN
9784140885956
発売日
2019/08/10
価格
935円(税込)

書籍情報:openBD

幸福追求からの解放は幸福への近道なのか?

[レビュアー] 小飼弾

 日本国憲法には「自由」という言葉が11回登場する。それなしには幸福になれないと言わんばかりに。第13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」はそれを裏付けているようだ。しかし『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)の統制官ムスタファ・モンドに言わせれば、それは「老いて醜くなり無力になる権利、梅毒や癌になる権利、食べ物がなくて飢える権利、シラミにたかられる権利、明日をも知れぬ絶えざる不安の中で生きる権利、腸チフスになる権利、あらゆる種類の筆舌に尽くしがたい苦痛にさいなまれる権利」でもある。幸福追求権とは実のところ不幸受忍義務に過ぎないのではないか? だとしたらその義務からの自由という不自由こそが幸福への近道(ショートカット)なのではないか?

 そしてすばらしい新世界は現実となりつつあるのではないか?

幸福な監視国家・中国(梶谷懐、高口康太)の主題は「幸福な監視国家」であり、「中国」はあくまで「天国に一番近い国」の例として紹介されている。彼の国の改革解放路線は確かにモンド統制官が列挙する「不幸権」から「人民」を「解放」してきた。解放された人民には、香港のデモ隊が要求しているのは「不幸権」にすら見えるのかも知れない。しかし彼らは知っているのだろうか。模索なき正解は模倣の中にしかないことを。その中にない答えは探すしかない。あらゆる種類の筆舌に尽くし難い苦痛にさいなまれる権利を行使して。

新潮社 週刊新潮
2019年9月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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