『千霊一霊物語』
- 著者
- Dumas, Alexandre, 1802-1870 /前山, 悠, 1981-
- 出版社
- 光文社
- ISBN
- 9784334754006
- 価格
- 1,122円(税込)
書籍情報:openBD
親子作家といえば、やはり「デュマ父子」
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
【前回の文庫双六】姉弟間に秘められた究極の純愛――北上次郎
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親子作家でもっとも有名なのはデュマ父子ではないだろうか。二人とも名はアレクサンドル。区別がつかないので『椿姫』の作者はデュマ・フィス(息子)と呼びならわされ、『三銃士』の作者のほうはデュマ・ペール(父)と呼ばれたりする。
デュマ・ペールのそのまた父親はサン・ドマング(現ハイチ)生まれ。フランス人貴族が黒人奴隷の女性に生ませたご落胤だった。父によってフランスに連れ帰られ、軍人の道を歩む。将軍の地位にまで上り詰め、勇猛果敢さで「黒い悪魔」の異名を取った。
デュマ・ペールは幼いころに死別した高名な父親にかなりのコンプレックスを抱いていたようだ。父の武勲の向こうを張って文壇での活躍をめざす。演劇界に新風を巻き起こしたのち、『三銃士』で大成功を勝ち得た。お針子娘とのあいだに息子ができたのはまだ無名時代である。私生児として育った息子は父に恨みを抱いたようだが、父が『モンテ=クリスト伯』を出した3年後には『椿姫』で名を馳せたのだからよく頑張った。
ここで取り上げたいのは父親のほうの本邦初訳となる小説。大長編作家としては小品だが、「生首がしゃべった」という冒頭の殺人事件からして強烈である。
以下、表題が暗示するとおり「千夜一夜」風の趣向で次々に物語が語られていく。内容はいずれ劣らず超自然的な奇譚ばかり。とりわけフランス革命時の話が凄惨だ。「一日に三十人から四十人もがギロチンにかけられて」いた恐怖政治の血塗られた記憶が、おどろおどろしくも戦慄的に繰り広げられる。
19世紀前半のフランス小説には、ギロチンのトラウマがつきまとうが、その顕著な例といえる。国の父たる王様の首を斬ったことのツケを、次の世代が悪夢で払っているという印象だ。
1794年の悪名高い「王墓の冒涜(ぼうとく)」も描かれる。民衆は王家の墓廟(ぼびょう)を開け、亡骸を引きずり出して蹂躙する。現実の歴史こそはもっとも恐ろしく、残酷なのである。