随所の性愛描写が目を引く鬼才が遺した未刊長篇
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
二〇一三年に逝去した連城三紀彦の最後の未刊長篇。連城作品の読みどころといえば、精緻な心理描写、濃密な愛憎演出、アクロバティックな謎仕掛け等が挙げられようが、本書の特徴は性愛描写。もちろんいつも通り、ミステリー趣向も凝らされているのだが、随所に濃厚な男女の絡みが織り込まれているのだ。
物語は聖英大学英文学科の大学院生・麻木紀子が喫茶店で恋人のOB沢井彰一に別れ話を持ちかけるところから始まる。別れる理由は紀子が担当教授の矢萩浩三と不倫関係に陥ったからだったが、沢井はそこで紀子と矢萩がモデルと思しき男女が裸で鎖につながれ抱き合っている絵を突きつける。直後、その矢萩が喫茶店から見える駐車場に現われ、奇妙な行動で紀子の不審を募らせる。
やがて沢井から見せられた絵は矢萩やゼミの仲間にも送られていることが判明。不穏な状況の中、数日後矢萩は紀子との結婚を持ち出したまま学会のため渡欧、その夜大学の研究室で忌まわしい事件が起きる……。
よくある別れ話かと思いきや、謎めいたエロ絵画を始め、次々と話にひねりを加えていく辺り、この著者ならでは。研究室で事件が起きるところで第二章に突入するが、そこから性愛描写が炸裂するとともに、謎仕掛けの面でも大技が繰り出される。後半は英文学ゼミの仲間たちにより研究室で起きた密室犯罪の解明がなされるのだが、ありがちな謎解きにとどまらず、ゼミ生同士の屈折した愛憎劇も展開する。「週刊大衆」の連載作品ということで、あくまで官能小説趣向を打ち出しながら、連城ミステリーも全開という次第。
この先著者の長篇が読めないのは残念至極だが、未刊のエッセイが残っているし、既刊作品を再読する愉しみだってある。今回はやや高めの定価となったが、「著者自筆挿画72点完全収録」で、しかもその挿画が物語と連動しているとあらば、ここはぜひとも購入をお奨めしたい。