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第二次大戦下の米コック兵をリアルに描く、圧倒の筆力
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
第二次大戦時、十九歳のティムは米国陸軍のコック兵としてノルマンディー降下作戦に参加。戦地では粉末卵の消失や雪原に現れる幽霊といった謎を、仲間とともに解き明かしていく。と、あらすじを書けば海外ミステリかと思われそうだが、本作『戦場のコックたち』は、国内作家、深緑野分の初長篇だ。直木賞や本屋大賞にもノミネートされた話題作。
いわゆる〈日常の謎〉を扱ったミステリであるが、次第に兵士たちの心理的疲弊、そして戦争のむごさがくっきりと浮かび上がってくる。そして、いつも仲間を頼っていたティムは、やがて自らある行動を起こす。
戦局の変化や戦場での生活、日々が非常に細かく描写され、よくぞここまで調べたなと唸るが、それと同時に極限状況下での人間心理を冷静に、公正に綴っていくその筆力に圧倒される。
第二次世界大戦に詳しい国内作家といえば、須賀しのぶ。『神の棘』(全二巻、新潮文庫)は、ナチスドイツを舞台にした歴史ロマン。幼馴染みの二人の少年が、のちに一人はSS将校となり、もう一人は修道士となって反ナチ組織にも関わるように。教会に圧力をかけようとするナチスの動きによって二人は再会し、その運命が複雑に絡まり合う。迫害する者とされる者といった単純な図式に落とし込まず、それぞれの揺らぎを丁寧に掘り下げていて読ませる。ちなみに本作、単行本から大幅に改稿され、冒頭から読み心地が異なっているので、単行本で既読の方にもお薦めしたい。
学園ミステリシリーズなどで人気の米澤穂信も海外を舞台にしたミステリを発表している。『王とサーカス』(創元推理文庫)は、ネパールのカトマンズを訪れた日本人記者が、国王や王族らが射殺される事件に遭遇する。二〇〇一年に実際にあった事件を題材としているが、物語はもちろんフィクション。だが、海外で起きた重大な事件を、我々は身勝手に消費していやしないか、という現実的な問題を突き付けてくる。その問いに真摯に向き合う主人公、そして著者の姿勢にも胸打たれる骨太な一冊。