『シェリ』
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哀れな籠の鳥と豊かな女王 日仏「娼婦」文学の“差”
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
【前回の文庫双六】親子作家といえば、やはり「デュマ父子」――野崎歓
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デュマ・フィスの代表作といえば『椿姫』だろう。ヴェルディによってオペラにもなった。十九世紀のパリの高級娼婦マルグリットの愛と死を描いている。
フランスには娼婦文化、あるいは娼婦文学という独特の華やぎがある。
これは日本人にはなかなか理解しにくい。とくにそのなかでもココットと呼ばれた高級娼婦の存在は。
日本では娼婦といえば、不幸で哀れな日かげの女ということになっている。永井荷風『ぼく東綺譚』の玉の井の娼婦、お雪などその代表だろう。美しく気立てはいいにもかかわらず、貧しさからついに出ることは出来ない哀しい女である。
それに対し、フランスの高級娼婦は、贅沢で豊かで、世の男性にもてはやされる「女王」である。
そもそも、娼婦の世界は「ドゥミ・モンド」と呼ばれる「裏社交界」であり、そこには貴族や富豪が晴れやかに出入りした。高級娼婦は彼らをパトロンにし贅の限りを尽した。
ゾラが描いたナナ、プルースト『失われた時を求めて』のオデット。
それは決して恥ずべき存在ではない。むしろ彼女たちは時代のトップレディだった。デュマ・フィスの『椿姫』のヒロインも最後には肺病で死ぬとはいえ、いまふうに言えば裏社会のアイドルだった。
この高級娼婦を二十世紀に登場させたのが、コレットの『シェリ』。
主人公のレアは、四十九歳になる元高級娼婦。
日本でこの年齢の元娼婦を描くとしたら、よほど幸運でなければ、みじめな暮しをしているだろう。
ところがレアはいまも優雅な暮しをしている。高級娼婦時代に得た金を賢く投資にまわし、金に困ることはない。いわゆるランティエ(金利生活者)。
四十九歳にしてなんと二十五歳の美青年シェリを恋人にしている。
日本の哀れな「籠の鳥」の娼婦と、フランスの豊かな高級娼婦。この差に驚かざるを得ない。