『虎を追う』
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エンタテインメントを追う
[レビュアー] 櫛木理宇(作家)
いままでの半生で、もっとも本を多く読み、かつ購入したのはおそらく大学時代でしょう。と言っても貧乏学生だったので、新刊にはなかなか手が出ず、ひたすら古本屋に通う日々を送っていました。
当時ハマったのは、まず澁澤龍彦、種村季弘(すえひろ)などの耽美(たんび)で幻想的な作家たちでした。河出文庫の古本で、本棚の一角をずらりと埋めたものです。
しかし同時期に、なぜか耽美や幻想とはほど遠いジャンルにも大ハマりしました。それが“冤罪”と“殺人実話”です。
後藤昌次郎『冤罪』。青地晨(あおちしん)『冤罪の恐怖』。コリン・ウィルソン『連続殺人の心理』や『世界残酷物語』。牧逸馬『世界怪奇実話』。佐木隆三『殺人百科』等々――。当時購入した本は、いまだに自宅の本棚に八割強残っています。
それから十年以上経ち、どういうわけかわたしは小説の新人賞をいただきました。以来、小説を書いては大きな出版社で本を出してもらっています。ただしライトホラーのシリーズ以外では、読者からいただく言葉の大半が「後味が悪い」、「薄暗い」、「いやなやつしか出てこない。不快」……。
前置きが長くなりましたが、新刊『虎を追う』は、「後味の悪くない、ザッツ・エンタテインメント」です。事件は不快で薄暗く、幼女が何人も殺され、いやなやつもたくさん出てくるけれど、最後はすっきり解決して読者にストレスを感じさせない“エンタメミステリー”を第一に目指しました。
そのためにはまず書く側が楽しもうということで、かつて耽溺(たんでき)し、かついまでも大好きな“殺人実話”と“冤罪”の要素をこれでもかとぶちこみました。正確に言えば“冤罪”をテーマの一つとし、“殺人実話”のエッセンスを随所に盛りこんだ作品です。
おかげで作者の趣味が全開の、エンタテインメントなミステリーが書き上がったと自負しております。読者の方がたに、すこしでも楽しんでいただければ幸いです。