LGBTQは外から与えられる括りに過ぎないし、本書は「レズビアン小説」ではない

レビュー

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生のみ生のままで 上

『生のみ生のままで 上』

著者
綿矢 りさ [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087711882
発売日
2019/06/26
価格
1,430円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

“レズビアン小説”ではない 著者がタイトルに込めた意味

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 二組のカップルがリゾート地で仲良くなり、四人で遊ぶようになるうち、あろうことか、一人が相手カップルの一人を好きになってしまう。しかも気持ちを抑えられず、あろうことか、帰京して告白してしまう。告白された側も少しずつ心が揺らいでゆくが、ただもちろんすぐに乗り換えられないのは、恋人への申し訳なさからだけでなく、あろうことか、自分も告白してきた相手も、ともに女性だったからだ。

 二人とも、それまでに同性と関係を持ったことはなかった。モデルで女優の彩夏(さいか)は、逢衣(あい)に一目惚れをして、その思いに乗って突っ走るが、それまでは男性と付き合ってきた。逢衣は、高校時代から憧れていた先輩と同棲し、結婚も視野に入れていたところだった。

 それなのに、互いに同性への愛を募らせてゆくのは、二人が実際は隠れレズビアンだったからではない。これを、本来同性愛者だった真の自己の発見の物語と読むならば、端的に言って間違っている。そうではなく、二人はただ、この相手だから好きになったというだけなのだ。

 もしそれでも、この恋に「本当の自分」なるものが少しでも関わるとすれば、それは同性との恋が、まだ現在一般的とは言えないため、その境界を越えるときに世間の「常識」を脱ぎ捨てることができるからだ。それが「生のみ生のままで」の意味するところである。ここでは「LGBTQ」も外から与えられる一つの括りにすぎない。作者はそうした外部の言葉を巧みに避けている。

 しかしもちろん、世間は二人の関係をたやすく認めはしない。ましてや彩夏は今を時めく売れっ子タレントであり、恋人の存在だけでもタブーなのに、ましてやそれが同性となれば……。そしておそれたとおり、スキャンダルは発覚する。

 その後の二人の振る舞いはなんとも健気である。作者がその一途さにどう報いるかは、読んでのお楽しみ。

新潮社 週刊新潮
2019年9月26日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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