中高年ファンも初心者も魅了する、筒井康隆ファン必読の文庫3選

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  • 定本 バブリング創世記
  • 筒井漫画瀆本 壱
  • 八月は残酷な月

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中高年ファンは感涙 初体験者は瞠目の定本

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 1978年に出た『バブリング創世記』は、数ある筒井康隆短編集の中でもたぶん五本の指に入る名作。とりわけ、“ドンドンはドンドコの父なり。ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、ドンドコドン、ドコドンドンとドンタカタを生む”で始まる表題作は超有名。旧約聖書「創世記」の系図にある人名をスキャット化した実験作で、単行本刊行当時、これを暗唱するのが流行しました。また、思い出したくない過去へとどんどん遡る最恐ホラー「鍵」は筒井康隆全短編のベスト1に推したい大傑作。今回“定本”と謳っているのは、前回文庫化時に、縮小すると文字が潰れるという印刷上の理由で割愛された「上下左右」を初収録し、「発明後のパターン」末尾に「最新版」(04年版)を追加したため。中高年筒井ファンは感涙にむせび、初体験の読者は著者の先進性に瞠目してほしい。

 たまたまそれと同時期に出た『筒井漫画涜本 壱』(実業之日本社文庫)は、オールジャンルの漫画家18人が筒井短編を原作に腕を競うアンソロジー(95年初刊)の初の文庫化(一部差し替えあり)。『バブリング創世記』収録の「死にかた」を相原コージがどう料理したかを見るだけでものけぞりますが、清水ミチコ(!)の「傾斜」や蛭子能収の「傷ついたのは誰の心」も絶品。組み合わせの妙では、エロマンガの巨匠・三条友美の「亭主調理法」、耽美系少女漫画家・まつざきあけみの「イチゴの日」が必見。ベストマッチは南伸坊、MVPはとり・みきか。その他、吾妻ひでお、いしいひさいち、内田春菊、加藤礼次朗、喜国雅彦、けらえいこ、しりあがり寿、ふくやまけいこ、矢萩貴子、山浦章という超豪華メンバーが参加。巻末には筒井自身が自作を漫画化した「アフリカの血」も特別収録されている。

 最後の『八月は残酷な月』(光文社文庫)は、その筒井康隆も偏愛した故・河野典生のレアな傑作選。テロ事件を扱った「陽光の下、若者は死ぬ」のほか、60年代の青春群像をシャープに描く犯罪小説の代表作全8編を収録する。

新潮社 週刊新潮
2019年9月26日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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