【文庫双六】戦前のシベリア鉄道“女文豪”ひとり旅!――梯久美子

レビュー

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戦前のシベリア鉄道“女文豪”ひとり旅!

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】哀れな籠の鳥と豊かな女王 日仏「娼婦」文学の“差”――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/584677

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 フランスの女性作家コレットが、49歳の元高級娼婦レアを主人公に描いた『シェリ』。その最初の日本語訳は深尾須磨子によるもので、『紫の恋』というタイトルで刊行された。

 深尾は与謝野晶子に師事した詩人・作家で、1925年にフランスに渡ったさいにコレットと知り合ったという。このときは船による渡航だったが、新聞社の特派員としての二度目のフランス行きは、1930年のシベリア経由だった。

 師である与謝野晶子も、やはりシベリア鉄道でフランスに渡っている。深尾より18年前の1912年のことである。先に船でパリに行った夫の鉄幹を追い、7人の子を置いてのひとり旅。当時の晶子は33歳、英語を含め、まったくといっていいほど外国語は使えなかったという。

〈なんという勇敢なことだろうか。/結婚十一年にして、夫に対しそれほどの情熱があったとは。〉と、『女三人のシベリア鉄道』の著者・森まゆみは書く。同感だが、鉄道好きの当方としては、もしいまタイムマシンでこの時代に行き、シベリア鉄道に乗せてやると言われれば、どんなに心細くても、やっぱり乗ると思う。

『女三人の~』は、戦前のシベリア鉄道に乗ってヨーロッパまで行った、与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子の三人の旅を追いかけた紀行ノンフィクション。文学好きも鉄道好きも、必読の書である。ブルジョアのお嬢さんだった宮本(当時は中條)百合子はハルビンで毛皮を作らせてその後の旅を続け、林芙美子はすでにベストセラー作家だったにもかかわらず、高い食堂車を使わなくてすむよう、湯沸かし、コップ、缶詰、バター、角砂糖、ソーセージなどを買いこんで乗車する。

 三人の旅に加え、著者自身のシベリア鉄道の旅も活写され、これがまた面白い。隣のコンパートメントの退役軍人のロシア人にウォトカをおごられるエピソードなどを読むと、いますぐ旅支度をして出発したくなってしまう。

新潮社 週刊新潮
2019年9月26日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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