チョンキンマンションのボスは知っている 小川さやか著 春秋社

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チョンキンマンションのボスは知っている

『チョンキンマンションのボスは知っている』

著者
小川 さやか [著]
出版社
春秋社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784393333716
発売日
2019/07/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

チョンキンマンションのボスは知っている 小川さやか著 春秋社

[レビュアー] 坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

 ネオン輝く香港の大通りにチョンキンマンションはそびえ立つ。それは巨大な雑居ビルで、一角にはタンザニアから来た個人商人のコミュニティーがある。そのまとめ役のような「ボス」がカラマ。抜け目がないようで抜け目だらけのような、チャーミングな丸顔の中年男性だ。彼の客分となった文化人類学者の著者は、そこで会ったタンザニア人たちの生きる姿を追う。

 彼らの多くは香港で物を仕入れ、アフリカに売るブローカーだ。互いの商売は競合することもあるが、商品の知識やビジネスの手法は、教え合って情報をシェアする。中古車ビジネスに至っては、昔カラマが皆に教えたものなので、カラマと同様のやり方で皆が商売をしている。彼らは無理をしない範囲でなら、相手を問わず助ける。相手を問わないのは今後の自分の状況に応じて、必要な縁は変わるからだ。商売が大きくなったら大企業の経営者が、逮捕されたら囚人の仲間が大事になるとカラマはいう。

 また彼らは「誰々は信用できる」といった、人間そのものへの評価をしない。いま誰々は商売が好調だから信用できる、いま誰々は恋人と一緒だから良い奴(やつ)だといったように、状況に限定した形でのみ人間を評価する。そこには人間に一貫した不変の自己などないという認識がある。カラマはインスタグラム等のSNSで自分をアピールする。一見遊びのように見えるが、いま俺は羽振りがよいから商売相手として信用できるという情報発信だ。SNSは自分の宣伝から商品の販売、ときには資金の調達まで行う重要なビジネスツールになっている。

 カラマ達(たち)の姿は、日本でも進行する「個人の時代」を先取りしているように見える。それは国家に頼れず雇用が流動化した時代のビジネスパーソンの一つの生き方なのだ。カラマ達は香港で客死した仲間の遺体を、寄付でお金を集めて故郷に還(かえ)す。それは誰にでも起こりうることだからだ。

読売新聞
2019年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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