[本の森 仕事・人生]嶋津輝『スナック墓場』/伊藤朱里『きみはだれかのどうでもいい人』

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スナック墓場

『スナック墓場』

著者
嶋津 輝 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163910918
発売日
2019/09/12
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

きみはだれかのどうでもいい人

『きみはだれかのどうでもいい人』

著者
伊藤 朱里 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093865517
発売日
2019/09/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]嶋津輝『スナック墓場』/伊藤朱里『きみはだれかのどうでもいい人』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 二編目を読み終えたあたりで予感がよぎり、三編目を読み始めた瞬間、確信した。これって全編、登場人物のことが愛おしくってたまらなくなるやつじゃん! 『スナック墓場』(文藝春秋)は、収録作「姉といもうと」で第九十六回オール讀物新人賞を受賞した嶋津輝のデビュー短編集だ。

 全七編の主人公たちはみな、非正規雇用者または自営業者で、厳しい労働環境を生きている。例えば第一編「ラインのふたり」は、倉庫内軽作業――ベルトコンベアで流れてくる物品の組み立てや梱包の仕事を、週払いで請け負っている中年女性ふたりが主人公。ふたりはなぜこの仕事をやっているのか。連帯を築いたのはなぜか? しんどい現実もスケッチされるが、ふたりの軽口がカラッとたくましく、彼女達を「不幸」と捉えるような想像力をキャンセルさせる。新たな連帯が芽生えるラストシーンは、快感の極み。「女の敵は女」という粗雑なロジックを、やすやすと打破してくれる。

 夫婦でほそぼそと営むクリーニング店、家政婦として働く姉とラブホテルのカウンターで働く指のない妹、野良猫をきっかけにお向かいのふぐ屋が気になり出した布団屋、安いが具が少なすぎる弁当屋の母娘、精神障害のあるアラオさんを見守る商店街のチームワーク、客が次々死んでいく場末のスナック……。「不幸」の到来をくすぐりながらキャンセルさせる展開は、全ての短編において健在だ。それこそが、本書において作家が選んだリアリティなのだ。世界は確かに、「不幸」の予感や可能性で満ちている。でも、現実はこんなふうに、意外と大丈夫だ。

 伊藤朱里『きみはだれかのどうでもいい人』(小学館)は、太宰治賞受賞のデビュー作以来、女性であることと働くことの関係を描き続けてきた作家の第四作。章ごとに視点人物が変わる、全四章の群像形式で紡がれていくのは、県税事務所の納税課および総務課の女性達の物語だ。机を並べ同僚として働く二五歳から五二歳までの四人は、税金絡みのクレームを伴って現れる「お客さん」や、無理解な上司と対峙する時と同じように、連帯すべき同僚に対してもさまざまな負の言葉を飲み込んで生きている。それらが積もりに積もり、ある事件が発生した先で連鎖する、会話バトルの数々は凄まじいの一言だ。「信用って便利な言葉ですよね。信じてるからって言えば放っておける。信じてたのにって言えば相手のせいにできる」。痛い。苦しい。でも――。

 普段は言葉を飲み込むのに慣れすぎて、励ましやねぎらいすらも口に出せずにいるが、胸に手を当て耳をすましてみれば、声にならない小さな声であふれている。それらの声をキャッチし、自らも発しようとする営みを描いて小説は終わる。「きっと元気」。このリアリティは、『スナック墓場』のそれと、実はそれほど遠くないところにあるのかもしれない。

新潮社 小説新潮
2019年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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