お互いに素敵な未来へ――楡周平『鉄の楽園』

レビュー

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鉄の楽園

『鉄の楽園』

著者
楡 周平 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104753062
発売日
2019/09/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

お互いに素敵な未来へ――楡周平『鉄の楽園』

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

村上貴史・評「お互いに素敵な未来へ」

 日本の現実をきちんと見た小説である。そのうえで、夢のある小説である。本書が見せてくれる希望に満ちた明日を手に入れられるかどうかは、ほかでもない、自分たち次第だ――そう心を揺り動かされる一冊である。

 北海道南東部に位置する海東学園は、鉄道の専門学校だ。この学園を、今は創設者の孫娘の相川千里とその三八歳になる夫の隆明が経営している。定員割れが続き、正直なところ経営は厳しい。そんな折り、北海銀行がある提案を持ちかけてきた。中国資本が学園を買いたがっているというのだ。金額は三〇億円。破綻を回避するには十分な金額だが、中国資本はその後、学園をリゾートに作り変えるという。隆明も千里もそんな提案は受け入れたくないが、銀行は貸し剥がしもちらつかせて脅してくる……。

 そのころ、東南アジアの新興国・R国では、高速鉄道を導入する計画が進んでいた。その受注を日本と中国が争っている。中国の高速鉄道は、コスト面で優位に立つ。なにしろ技術開発費が殆どかかっておらず、人件費も日本より安い。それになんとか対抗しようと、四葉商事の現地駐在員、四〇歳の翔平は、必死で知恵を絞る。そして彼は、日本の新幹線の運行の正確性や清潔さなど、高速鉄道に関係するノウハウにこそ勝機があるのではと思い至った……。

 実際のところ、本書に書かれたように、日本は新幹線の海外輸出を試みるものの中国相手に苦戦している。そんな現実を十分に理解したうえで、また、中国の真の狙い(高速鉄道を売りつけることではない)もしっかりと理解したうえで、楡周平は、日本がR国への鉄道輸出において勝利するためのビジネスプランを立案した。そのプランそれ自体や、その成功の根拠は是非とも本書でご確認戴きたいが、お読み戴ければ、決して奇想天外なプランではないことが理解できるだろう。売り手と買い手、その双方の満足を考えた地に足のついたプランであり、“これならうまくいくだろう”と読者も納得できる。しかもそれが、目先の利益を一人ですべて食い逃げするのではなく、孫子の代までお互いに幸せであれるプランである点が、実に嬉しい。これまで、少子高齢化問題の今後を考えた『プラチナタウン』等を放ってきた著者だけのことはある。

 そのプランを楡周平が小説に仕上げたのが、本書なのだ。登場人物たちが着想を得て、それを育て、さらに四葉商事の日本本社や関係省庁などを巻き込みながら実現に向けて、そして中国に勝利すべく邁進していく様子が――要するにプランそれ自体の起承転結が――この『鉄の楽園』として結実している。その完成形の、なんと躍動感に満ちていることか。未来志向の着想が、着想のまま終わるのではなく、実際にビジネスとなり政策となり動いていく様を読むことが、こんなにも刺激的だと本書は教えてくれた。

 もちろんその着想は、なんの支障もなく計画通りに成功するわけではない。プラン変更の必要も出てくる。ライバルも、土地の先行買収など様々な手段で日本の邪魔をする。そうした際に、翔平たちは発想を転換して障壁を乗り越えるのだ。この柔軟さと粘り強さにもワクワクさせられる。

 そうした彼らの活躍を、ときに支え、ときに導くのが、二人の女性だ。経済産業省の入省三年目、竹内美絵子と、R国の財閥の娘、五十一歳のキャサリンである。彼女たちの清廉さや知恵、そして実行力と信念も、本書に不可欠の要素として輝いている。彼女たちの魅力を、美絵子の“鉄道オタク”っぷりの活かし方を含め、堪能できるのだ。

 そして海東学園である。経営危機のこの学園も、紆余曲折を経て、この大きく育つビジネスプランのなかで役割を果たすことになる。それも、千里や隆明が想像していた以上の重みを持って、だ。楡周平のプロット作りの巧みさが、この学園の扱いに現れている。そして学園がそうなるということは、同時に、目先の利益を重視して相手の心を無視した北海銀行への逆風となる。そんな“悪役”の処理も、また巧みで感心する。ビジネスマン斯くあるべし。

 本書で美絵子は、必要だと思うなら実現する方法を探れという趣旨の前向きな決め台詞を繰り返す(できない理由を探すのではなく)。素敵な言葉だ。しかも彼女はそれを実践する。周りの人間たちも、同様に動き出す。その姿勢が社会を変えていく様を読むと、自分も一歩前に出ようという気持ちになる。いや、いい本を読んだものだ。

新潮社 波
2019年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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