会社に尽くすべき? 女は貞淑であるべき? 社会の圧力に疑問を投げかける女性作家がエンタメ小説を通して伝えたいこと
対談・鼎談
『ベルサイユのゆり』刊行記念対談 吉川トリコ×朱野帰子/同じ山を、違う道から
[文] 新潮社
吉高由里子主演で連続ドラマ化もされた『わたし、定時で帰ります。』の朱野帰子さんとマリー・アントワネットと周囲の女性たちとの知られざる関係性を描いた『ベルサイユのゆり』の吉川トリコさんの対談が実現。互いへのシンパシー、執筆作法、日常生活の小さな(けれど重大な)悩み、そして、歴史に残る小説について語り合いました。
「連載同期」の作品は読めない
朱野帰子(以下:朱野) 『マリー・アントワネットの日記』(以下「マリー」)の連載第2回の掲載号(yom yom vol.41/2016年8月発売)から『わたし、定時で帰ります。』(以下「わた定」)の連載がスタートしたんです。でも、連載中は「マリー」を読めませんでした。他の作品って読みます?
吉川トリコ(以下:吉川) ほとんど読まないですね。しかもyom yomってエグいじゃないですか!
朱野 エグい?
吉川 ボリュームが。
朱野 たしかに(笑)。私は、ホントは読みたいんですけど、読まないようにしていて。同時に載っている作品が面白いと心が挫けてしまうので……。
吉川 それも分かります。
朱野 読むなら、あまり面白いと思えないようなものを読んで「私の方が面白い~」と安心したい(笑)。じゃないと書き続けられない。なのに、あるとき「マリー」をちょっとだけ読んでしまったんですよ。第4回だったかな、アントワネットが真面目に延々と語っていたかと思ったら、急にいつもの口調に戻って「びっくりさせちゃってごっめーん」と。
吉川 王妃になったところですね。キャラ変して真面目に行こうと思ったけど、やっぱり地が出ちゃったっていう。
朱野 これ以上読んじゃだめだ、自分の連載ができなくなる、と思って止めました。本が出て、心おきなく読んだらやっぱりすごく面白かった。
吉川 よかった~!
朱野 もともと王朝ものが大好きで。田辺聖子さんの『新源氏物語』とか大和和紀さんの『あさきゆめみし』などの王朝シリーズも読みました。「バーフバリ」や「チャングムの誓い」も。ゴージャスで歴史的背景のある物語が好きなんです。「マリー」はまさにツボなジャンルでしたし、文体の華やかさと今っぽさが最高でした。
吉川 ありがたいことに、いろんな作家や評論家の方から嬉しい感想をもらったんですけど、なかでも朱野さんはいち早く読んでくださった。
朱野 HIPHOP感あふれる文体ですけど、日記文学の伝統を踏まえて書かれていますよね。
吉川 ほんとに!? 『アンネの日記』すら途中までしか読んでないんですけど……。
朱野 誰にも読まれない前提で書いていながらも、どこか他者の目を意識していて、どこまで真実を語っているか分からない、というのが日記文学の面白さだと思うんですけど、まさにそういう作品だなあと。
吉川 ……ですね。はい。全部計算ずくで(笑)。
朱野 (笑)。田辺聖子さんの『残花亭日暦』(角川文庫)という作品を思い出しました。旦那さんを介護して看取るまでの日記で、冒頭で、『蜻蛉(かげろう)日記』しかり、日記といえばとかく楽しいことよりも不愉快だったことが書かれる傾向にあるけれど、この日記はそういうものにはしない、というようなことが宣言されています。若い頃に読んだときには意味が分からなかったんです。お手伝いさんが何人もいて、講演会で各地に行っていて、優雅な生活だな、その合間に旦那さんのお世話をしているんだな、と思っていました。でも自分が結婚や出産を経験して、家事代行サービスを頼んでみて、やっと分かりました。人の世話をするのって大変で、人を雇って家事をしてもらうのも楽じゃない、って。旦那さんが要介護状態で、九十代のお母さんもいて、明るい日記を書き続けられる田辺さんのエネルギーと、その意志ってすごいものだったのだと痛感しました。楽しく明るく書いているからこそ、悲しみや苦労が伝わってくる。「マリー」もそうですよね。
吉川 たしかに、深刻に書こうと思えばとことん悲劇になりますね。
朱野 ヘビーなことばかり起きていますよね。会ったこともない相手と結婚させられて、革命で子どもたちと引き離されて、壮絶な最期を迎える。正常な神経ではいられない事態をたくさん経験するのに、日記の中では「お道化者(どけもの)の私」を貫いている。注目され続けて生きる人としての自覚を感じます。「すてきで華やかなあたし」を決して崩さない。
吉川 たしかに、見られ続ける存在のしんどさってありますよね。アントワネットの場合、その状況から絶対に逃れられないのは自分でも分かっていたでしょうし。