会社に尽くすべき? 女は貞淑であるべき? 社会の圧力に疑問を投げかける女性作家がエンタメ小説を通して伝えたいこと

対談・鼎談

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ベルサイユのゆり

『ベルサイユのゆり』

著者
吉川トリコ [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101801650
発売日
2019/08/28
価格
649円(税込)

『ベルサイユのゆり』刊行記念対談 吉川トリコ×朱野帰子/同じ山を、違う道から

[文] 新潮社


朱野帰子さん
東京都生まれ。2009(平成21)年、『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。2015年に『海に降る』が、2019年に『わたし、定時で帰ります。』が連続ドラマ化される。著書に『対岸の家事』『会社を綴る人』『くらやみガールズトーク』などがある。

評価に晒され続ける人生

朱野 他者からの評価を受け止め続けるのって、とても辛いことですよね。良い評価でも悪い評価でも。

吉川 良い評価でも辛いですか?

朱野 私の場合はストレスを感じます。王妃と比べるのもおこがましいんですけど、この春に「わた定」がドラマ化されて、瞬間風速的に原作者として注目されたんですね。取材も沢山受けましたし、放映日にはドラマの感想があがってきて、視聴率のお知らせも毎週いただいて。好意的な反響の方が多かったんですけど、評価が押し寄せてくるのって緊張します。自意識が異常に高まって一挙手一投足を見られているような気がして、ミスができない。これが一生続くとしたら、私は絶対無理だなって。

吉川 朱野さんがそんな大変な思いをされているとはつゆ知らず、ドラマを毎週楽しみに見てました。

朱野 ありがとうございます。

吉川 小説もドラマもすごく面白かった! たくさんの登場人物がうまく配置されて、それぞれに魅力的に動いていて……。すごく緻密に構成された「マーベル」みたいで、しかも「マーベル」よりも身近な世界で、普通の人たちが頑張って闘っている。私もこういうふうに書きたいのになあ、と思いながら読みました。

朱野 他人(ひと)の作品を読むと私もよくそう思います(笑)。

吉川 「わた定」は、ドラマのスタートとほぼ同時に続編(『わたし、定時で帰ります。ハイパー』。以下「ハイパー」)が刊行されましたよね。

朱野 「ハイパー」のプロットが完成して、二話目くらいまで原稿を書いていたときにドラマ化の話がきまして。全十話でドラマにしたいけど、原作は五話しかない、何かないか、と訊かれて、続編のプロットはできてます、と答えたんです。

吉川 もうプロットは固まっていたんですね。

朱野 この作品は綿密にプロットを作ってます。「わた定」を書く前に、働きすぎで過労状態になった反省があって、万全の態勢で臨みたかった。各回のテーマ、盛り上がるシーン、恋愛の展開、落としどころ、と要素をあらかじめ組み立てておくんです。それらを貫くストーリーと、大勢の登場人物の設定を作って、担当編集者と相談しながら細部を詰めて。仕事の進捗や、時間の経過など、矛盾点を修正しながらプロットを仕上げて、後戻りして時間をロスしないように執筆しました。ちょっとプログラミングみたいですよね。

吉川 すごい……。

朱野 ドラマの制作サイドにプロットを預けて脚本にしてもらっている間に、yom yomでの「ハイパー」連載が同時進行で進んでいった感じです。

「会社」の厄介だけど面白いところ

吉川 「わた定」も重いテーマをコミカルに痛快に書かれていますよね。私の知人で、いま仕事をお休みしている子がいるんですけど、彼女が「疲れているときに深刻な小説は読めない。軽くて明るい小説ばかり読んでる」と言っていて、ほんとそうだよなあ……と思って。

朱野 会社って、思うようにならない、割り切れないことばかりですよね。小説のなかの巨悪や不正よりも、いまは現実の方が厳しいです。だから、人生の深淵を覗き込むような小説を読む気力は持てないし、勧善懲悪的な世界にも乗りきれない。

吉川 そうそう、絶対的な悪なんて日常生活にはあまりないですもんね。そういう意味でも「わた定」の福永さんの描かれ方がとてもよかった。どんどん価値観が更新されて、アップデートされていく世の中で、それについていけない人も当然出てくる。そういう人に対して、旧弊的なことを言いやがってと軽蔑したり腹を立てたりしてしまいがちなんだけど、そう簡単にアップデートできない人もいるんですよね。

朱野 友だちだったら会わないとか、ネットならブロックするとかできますけど、会社の人って簡単にクビにはならないし、異動も思い通りにならない。明日からも付き合っていかなきゃいけない。自分の心を守るためには相互理解しかないんです。相手にも事情があるのではと想像することで、強大な敵だと思ってたけど実は弱くて困ってる人なのかもと思えるかもしれない。そういう考え方がオフィスでのライフハックになりますよね。いろんな価値観の人がぎゅうづめになっているのが、会社という場所の厄介なところで、面白いところでもあると思います。

写真/坪田充晃

新潮社 yom yom
vol.58(2019年9月20日配信) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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