会社に尽くすべき? 女は貞淑であるべき? 社会の圧力に疑問を投げかける女性作家がエンタメ小説を通して伝えたいこと

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ベルサイユのゆり

『ベルサイユのゆり』

著者
吉川トリコ [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101801650
発売日
2019/08/28
価格
649円(税込)

『ベルサイユのゆり』刊行記念対談 吉川トリコ×朱野帰子/同じ山を、違う道から

[文] 新潮社


[上]吉川トリコ『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)と[下]朱野帰子『わたし、定時で帰ります。』とその続編

もぎたてのフルーツを着て

吉川 『くらやみガールズトーク』(KADOKAWA)も読ませていただいたんですけど、ホラー短編集で、「わた定」とはまたガラッとテイストが違いますよね。作風の幅が広い!

朱野 怪談を書いてほしいという依頼をいただいて。「わた定」みたいに緻密に作り込むのではなく、エモーショナルな部分を全面的に出して書きました。でも、成功者ではなくダメな人間を書きたいという気持ちは共通しているのかも。

吉川 私もそうなんですけど、どうしてダメな人を書きたくなるんですかねえ?

朱野 ネットの記事もビジネス書も自己啓発書も、「こうしなさい」「こうあるべき」と絶えず啓蒙してくるから、それに対する反発心があるのかな。成長しなきゃ生きてる価値ない、くらいの勢いで言ってくるじゃないですか。小説くらいは、ダメでいることを肯定する存在でありたいですよね。

吉川 たしかにそれって、物語の大事な役割のひとつですね。

朱野 今って、人が細かく分断されますよね。大きな会社に勤めているかどうか、既婚か未婚か、子どもがいるかいないか。こうあるべきみたいなものが人間関係をシビアにしていると思うので、率先してダメなところや悩みを発信していけたらと思います。自分だけじゃないんだって思ってもらえたらいいな、と。

吉川 悩みといえば……今ふっと思ったんですけど、本当にレベルの低い話なんですけど、タオルっていつ捨てたらいいんですかね……?

朱野 あっ、まさに昨日、タオルを捨てたんですよ。五、六年は使っていて、もう色褪せてる。本当は切って雑巾として使ってから捨てたいですよね。

吉川 そうそうそう!

朱野 でもその時間がないんです。だから、床にこぼれた水を拭いて、そのまま切らずに捨てたんですよ! すごく気が楽になりました。

吉川 成し遂げましたね。こういう、なかなか人と摺り合わせできない些細なことで、私ってものすごくダメな人間なんじゃないかと不安に思うことがあります。こんなタオルをまだ使っているなんて……って。

朱野 私は洗濯物も干しっぱなしで、畳まないんですけど、会社員時代に取引先の男性が、洗濯物を洗濯バサミから外して着ると「もぎたてのフルーツ」みたいな感じがするって言ってたんですよ。

吉川 あはは! フレッシュ!

朱野 それを聞いてから干しっぱなしを気に病まなくなりました。たしかに「畳む」って意味がわからないですよね。わざわざしわをつけてるわけだし。

全員が「信用できない語り手」に

吉川 ああ、人のダメな話ってホッとするなあ。

朱野 ランバル公妃も似たようなことを言っていましたよね。「近所のコンビニに行くだけだから部屋着でもいいか、なんならノーメイクでも、上にコート着ちゃえばいっそノーブラでも?!」と。変なところから新刊『ベルサイユのゆり』(以下「ベルゆり」)の話に入ってしまいましたが(笑)。

吉川 ありがとうございます(笑)。友だちが前に言ってたんですよね、冬はコート着るからノーブラでいいよね、と。だよね~って思いました。

朱野 「マリー」のなかで最も悲惨だと思ったのが、ランバル公妃の首を民衆たちがアントワネットに見せに来る場面。あれは本当に痛ましくて……。ですから「ベルゆり」でそのランバル公妃が語り手になるとは思いもよらぬ展開でした。しかも、首をちょいちょいどこかに置き忘れてくるという衝撃の設定!

吉川 ひどいですよね(笑)。

朱野 アントワネットに忠誠を誓って非業の死を遂げたランバル公妃が、もさっとしたアラフォー女性として登場するのがすごくよかったです。

吉川 なんかトロくて、不器用なんですよね。

朱野 第一章はランバルが主人公なので、じっとりとした雰囲気ですが、ベルタンやレオナールなど、ファッション関係の人が出てきて華やかになっていきますよね。アントワネットの人生を華麗に振り返っていくのかなと思っていたら、カンパン夫人の章では、アントワネット様は「死んでしまいたい」と泣きわめいていたとか、娘のマリー・テレーズの章では、母は保守的な説教をする人だったとか、前作の主人公であるアントワネットの多面的なところが見えてくる。「マリー」では描かれなかった部分ですよね。「ベルゆり」の存在によって、「マリー」の信ぴょう性が揺らぐのが、すごく面白かった。

吉川 すごい! 言われてみるとたしかにそうです。私はむしろ、「ベルゆり」の語り手たちがみな、自分に都合のいいことや自分の目に写ったことだけを語る、ある種の「信用できない語り手」であると思って書いてたんですけど、たしかにアントワネット以外の人物の主観から描くことでアントワネットが「信用できない語り手」になる、という合わせ鏡のようなことが起きているんですね。鋭い分析です。

朱野 ランバル公妃が訪ねて回るのは、主にアントワネットが処刑された後も生きた人たちじゃないですか。王党派だったのにおめおめと生き残ってしまったという罪悪感から、自分を正当化したがるんですよね。本当は逃げたくなかったとか、言い訳してしまう。

吉川 友情に殉死したランバルがインタビュアーだから、みんなどうしても負い目を感じちゃうんじゃないかな……と、いま思いました(笑)。

朱野 いちばん美しく殉死してますもんね。彼女が幽霊でやってきたら嫌でしょうね。自分の余命があとわずかってときに。王妃を見捨てたのは仕方のないことだったんだって自らを納得させて死のうとしている時に。

吉川 ほとんどゾンビですよね……。アントワネット本人に責められるよりもランバル公妃にじっとり来られるほうが嫌だ。

写真/坪田充晃

新潮社 yom yom
vol.58(2019年9月20日配信) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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