国家を食べる 松本仁一著 新潮新書

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国家を食べる

『国家を食べる』

著者
松本 仁一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/旅行
ISBN
9784106108235
発売日
2019/07/13
価格
858円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

国家を食べる 松本仁一著 新潮新書

[レビュアー] 戌井昭人(作家)

 国の情勢が不安定だと、国家という概念すら曖昧になってくるが、そこに人がいれば食べ物がある。その土地には根付いた食べ物があって、腹が減れば誰もがそれを口に入れる。

 本書は、新聞社の中東アフリカ総局長などを務めた松本仁一さんが取材へ行ったおりに食べたもの、其処(そこ)で何が起きていたかが書かれている。イラク戦争、内戦下のソマリア、中東・アフリカの紛争地帯など、ゆったり食事をする余裕などないし、豪華な食事が出てくるわけではないが、やたらと美味(おい)しそうで、そのような状況下だからなのか、食べ物自体がなにかを物語ってくるようにも思える。

 例えばイラク戦争のさなか、バグダッドでは、いたるところで銃声がして建物が爆発しているが、チグリス川では悠々と泳ぐ鯉(こい)がいて、その鯉を捕まえ、塩をまぶし、炭火でじっくり時間をかけて焼いたものを出す店がひらいている。松本さんは、「私たちは夕食の『鯉の開き定食』を楽しみに、かなり激しい現場でも取材を続けることができたのである」と書いている。うまいものを食べているときは、まわりの状況など、関係なくなる瞬間があるのかもしれない。そして食べられている鯉は、「こんなうまいものを食べてるのに、人間はなにを争っているのだ」と語ってくるようだ。

 他にもバグダッドには、世界一うまい羊肉屋があって、戦争中、夜間は従業員が銃を持って略奪行為の防止のため店に泊まり込んでいた。しかし、どうにもこうにもいかなくなり、店主は故郷のモスルに戻ってしまった。モスルは、その後、イスラム国が侵攻した土地である。松本さんは店主と連絡を取り合っていたが、現在は連絡がとれない。

 各地の情勢はみるみる変わり、土地に根付いていた食べ物も消えてしまうのは悲しい。人間は、争うよりも、単に食事をしたい生き物だということを忘れてしまっているようだ。

読売新聞
2019年9月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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