最後の弟子が語る折口信夫 岡野弘彦著 平凡社

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最後の弟子が語る折口信夫

『最後の弟子が語る折口信夫』

著者
岡野弘彦 [著]
出版社
平凡社
ISBN
9784582838107
発売日
2019/07/18
価格
2,860円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最後の弟子が語る折口信夫 岡野弘彦著 平凡社

[レビュアー] 尾崎真理子(読売新聞本社編集委員)

 長年、皇室の和歌の相談役をつとめてきた歌人の岡野弘彦氏は、民俗学者、折口信夫(歌人、釈●空)の弟子に選ばれ、試練に耐え抜いた人である。折口が1953年に世を去るまでの7年間、東京・大井の家に住み込んだ20代の氏は、国学院大と慶応大での講義、対談や観劇、遠方への旅に同行し、家計にも心を砕いた。(●は点2つの「しんにょう」に「召」)

 その日々は『折口信夫の晩年』(69年)、師の少年期に由来する影に触れた『折口信夫の記』(96年)、思想と学問の深層に迫る『折口信夫伝』(2000年)等に詳しい。密な叙述は本作でも揺るぎない。記憶と年譜の深部を浚(さら)い、文学史的にも重要な師の逸話が、いっそう切実、かつ丁寧に明かされている。

 折口が自説「マレビト信仰」を、それを認めぬ柳田国男に促されて語る70年前の緊迫した対談。冷泉家の流れをくむ侍従、入江相政(すけまさ)らが新風を呼び込んだ戦後の宮中歌会始。儀式帰りの車に乗り合わせた斎藤茂吉が別れ際、アララギを離れた折口を惜しみ、手を振り続けた光景。そして連夜、祖父のような年齢の折口が、万葉、古今、新古今集の秀歌の語釈、鑑賞を一首一首、解き聞かせた口述筆記。そのひとときを〈至福の時〉と、90代の弟子はあらためて振り返る。この筆記録が『日本古代抒情詩集』をやがて成したのだった。

 三十余代続く津市の若宮八幡神社の神主の家に生まれ、愛情深く父母に育まれた著者は、いかなる覚悟をもって師と共に生きると決めたのか。〈人間を深く愛する神ありて もしもの言はゞ、われの如けむ〉。この「遺稿」の探究を果たすため、自身の家庭をもった後も精進し続けた年月の重み、豊かさが想(おも)われる。

 折口が養子としながら硫黄島で戦死した歌人、藤井春洋(はるみ)への思いもいまだ尽きていない。藤井と自身を結ぶ奇縁、戦争の悲惨……。岡野氏が折口信夫のもとに引き寄せられた運命に粛然とする。

読売新聞
2019年9月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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