「幽霊話」をかき集めた、小説に近い感触の「エッセイ集」

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私は幽霊を見ない

『私は幽霊を見ない』

著者
藤野 可織 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041081884
発売日
2019/08/30
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“幽霊話”を片っ端からかき集め現実と虚構のあわいをたゆたう「私」

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 世の中には幽霊に異様な関心を持つ人と、まるで無関心の人がいる。前者はしょっちゅう「出た」とか「見た」とか言って騒ぎ、後者はそういう連中にうんざりする。

 著者はどちらか。タイトルのとおり彼女は幽霊を見ない。でも「幽霊とはなにかという問いは長く頭の片隅にあって、薄く埃をかぶっている」。つまり、両者の中間に彼女はいるのだ。会う人ごとに幽霊体験を聞きだし、教えている大学の学生から奇妙な出来事を集め、友人に怖い話をねだるなどして、その問いを覆っている埃をゆっくりと払っていく。

 幽霊話はパターンが決まっていて、画一的な傾向がある。学校の怪談などはいい例だが、彼女が語るのはもっと幅広い怪奇譚であり、著者と同じく「中間」の立ち位置にいる私はそこに惹かれた。

 気に入った一つをご紹介すると、仕事帰りにスーパーに立ち寄り、バイクで帰ってきた著者の父の肩に、料理で使うお玉杓子が引っかかっていた。半円状にくりぬきのある変わったお玉だった。父はスーパーで知らぬまに引っかかったのだろうと思い、返しに行くが、その店で扱っている商品ではないと言われる。なら、どうしてそれが肩に? しかもそれは使用方法が不明な、非常に特殊なタイプのお玉なのだ。

 怖くて可笑しい。起承転結のはっきりした怪談よりも、解けない謎だらけの世界の実相を浮き彫りにしている。

 本書は「エッセイ集」となっているが、読んでいるときの感触は小説に近い。身辺の出来事を綴っているようでいて、対象とのあいだには距離がある。文中に登場する「私」を書きながら観察しているのだ。

 フィクションなのか、本当にあったことなのかを確かめようがないのが怪談だが、現実と虚構のあわいをたゆたう「私」のありようはまさに怪談的であり、そこに著者の世界への対し方が出ていて魅力的だ。

新潮社 週刊新潮
2019年10月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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