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妖刀がもたらした情に狂った旧家の者たちが織り成す悲劇
[レビュアー] 若林踏(書評家)
理外にある情に狂い、踊らされた人間たちの姿を描いたミステリ、それが赤江瀑『オイディプスの刃』である。本書は一九七四年に刊行され、第一回角川小説賞を受賞した作品だ。
物語の中心に座すのは、備中青江派の中古刀物「次吉」である。青江の妖異、怪異の青江、と評されるほど妖刀として名高い「次吉」によって夏の陽盛り、山口県の旧家・大迫家に悲劇がもたらされる。大迫家に出入りしていた刀研師の秋浜泰邦が「次吉」で腹を切り裂かれて死んだのだ。その直後、当主・耿平の後妻である香子が刀で自らを貫き、さらには耿平も割腹して果てる。残された明彦、駿介、剛生の三兄弟はそれぞれ別の人生を歩むことになったのだが、事件の十二年後に思わぬ形で交錯する。
「彼は、少し苦しいと言い、苦しいことはおれは好きだ、と言った。」という蠱惑的な一文で始まる本書は、旧家に育った兄弟たちの間に渦巻く愛憎、そして妖刀「次吉」が放つ魔性を描きながら「いったい何が起こったのか」という謎を用いて最後まで読者を釘付けにする。情念に搦めとられた登場人物たちが織り成すドラマの向こうには、悲しくも美しい終幕が待っている。
刀にまつわる忌まわしい事件を描いたミステリと言えば、京極夏彦『今昔百鬼拾遺 鬼』(講談社タイガ)がある。「先祖代々、女性は斬り殺される定めにある一族」という因縁話と、「昭和の辻斬り事件」と呼ばれる連続通り魔の謎に、科学雑誌の記者、中禅寺敦子が挑む物語だ。
謎解きの魅力としてもさることながら、「人はなぜ暴力に憑りつかれるのか」という問題について考えさせられる小説でもある。
剣の呪いが絡む謎解きミステリとして、森博嗣『魔剣天翔』(講談社文庫)も挙げておこう。製造を依頼した家に不幸をもたらした宝剣の話に、アクロバット飛行中の航空機で起こった殺人事件が絡んでくる。空中の完全密室、という不可能への興味が堪らない。旧家出身の自称科学者、瀬在丸紅子や私立探偵兼便利屋の保呂草潤平など、賑やかな登場人物たちが揃っているのも魅力的である。