ドイルやクリスティーにも挑む「法月綸太郎」シリーズ7年ぶりの新作

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

法月綸太郎の消息

『法月綸太郎の消息』

著者
法月 綸太郎 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065170229
発売日
2019/09/12
価格
1,870円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ドイルやクリスティーにも挑む“綸太郎”シリーズ7年ぶりの新作

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 名探偵は名探偵を知る。

『法月綸太郎の消息』の趣向を一口で表すとそういうことになる。法月綸太郎はアメリカのエラリー・クイーンに倣い、作家と同じ名前の探偵が登場するシリーズを看板としている。本書はその七年ぶりの新作だ。

 謎解きの物語においては、犯人こそが真の主役だ、という説がある。犯行の計画者が常に先行し、探偵は後から追いかけるだけ、というわけである。だが、収録作の「あべこべの遺書」「殺さぬ先の自首」の二篇を読むと、探偵が作る犯罪物語もあるのではないか、と言いたくなる。

 別々の場所で死んでいた人間が、互いの遺書を間違えて持っていた、という奇妙な話が「あべこべの遺書」、殺人事件が起きる前に自首してきた男がいて、数日後、本当に名指された相手が死んでしまう、というのが「殺さぬ先の自首」である。帰宅した法月警視から探偵作家で息子の綸太郎が話を聞き、事件の真相を推理する形で話は進んでいく。

 都筑道夫に〈退職刑事〉という連作があるが、この二篇はその本歌取りになっている。初めはおぼろげだった事件の状況が法月父子の会話によって次第に輪郭を明瞭にしていき、真相に続く可能性が浮かび上がってくるのだ。探偵たちの会話が事件を「作る」過程を楽しむ小説だろう。

 残り二篇、「白面のたてがみ」と「カーテンコール」は、コナン・ドイルとアガサ・クリスティーという偉大な先人の作品に法月綸太郎が切り込む、小説の小説と言うべき作品だ。表面には浮かび上がってこない作家の真意が彼らの作品のあるものに隠されている可能性があると綸太郎は睨む。そして原作を精読し、行間から浮かび上がる真実を捕まえようとするのである。彼の到達した結論が正しいか否かはあまり問題ではなく、読むという行為がいかに創造的になりうるかを改めて認識させるのがこの二作の価値だろう。丁寧な読者は、誰でも名探偵になりうるのである。

新潮社 週刊新潮
2019年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加