恋愛、婚姻、家族、子育て――女性の生き方をめぐる因習に提言する文庫3選

レビュー

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  • おばちゃんたちのいるところ = Where The Wild Ladies Are
  • 伊藤野枝集
  • 赤毛のアン : 巻末訳註付

書籍情報:openBD

「多数派」社会を蹴っ飛ばす女性たちが紡ぐ新しい生き方

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 わたしたち人間が「社会的」であることを選んだ理由。それは、ひとりひとりの力では解決できない困難に立ち向かうために「みんな」が知恵を出しあった結果だったはずだ。

 ところが「みんな」はいつのまにか「多数派」にすり替わる。そうではないものたちのやり方は「異形」や「異端」として弾き出され、さらりと笑いながら篩い落とされてしまう。

 松田青子の『おばちゃんたちのいるところ』は、そうした篩のルーティンに敢然とNOを突きつける痛快な連作短篇集だ。『娘道成寺』『骨つり』『子育て幽霊』――歌舞伎や落語、民話の形で長年語り継がれてきた物語の鋳型に対し、あくまで今を生きる人間の視点からがっぷり四つに組み、未来をしなやかに拡張していく。

 副題として添えられている英語のタイトルはWhere The Wild Ladies Are。かつて「物の怪」として弾き出され、社会の網目から篩い落とされてきた女たちは、この本の中で新しい光を浴び、新たな文脈に抱きとめられ、wildなエネルギーを前向きに伝播させていく。わたしたちの望む「社会」とはそういう場所にあるのではないか。

 恋愛、婚姻、家族、子育て――女性の生き方をめぐるさまざまな因習に対し、自らの人生を賭して誠実な提言を積み上げていった人物といえば、伊藤野枝の名前が真っ先に浮かぶ。森まゆみ編『伊藤野枝集』(岩波文庫)は、彼女の残した文章の中でも、より身体的で生々しい実感が伝わるものが選り抜かれている。「ずんずん」「どしどし」と進んでいく言葉の力は、神経症的な同調圧力にあえぐ今の世にあってさらに輝きを増して映る。

 文春文庫から全訳版の刊行が始まったモンゴメリ赤毛のアン』シリーズ(松本侑子・訳)もまた女性の自立、ないしひとりの人間がよりよく生きるための道程を丁寧に照らしてくれる名作だ。モンゴメリは叶わなかった自身の夢を反転させる形で、アンをめぐる物語に深い愛情と優しさを託した。その言葉のつらなりが社会を循環させるのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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