幸福な監視国家・中国 梶谷懐、高口康太著 NHK出版新書

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幸福な監視国家・中国

『幸福な監視国家・中国』

著者
梶谷懐 [著]/高口康太 [著]
出版社
NHK出版
ISBN
9784140885956
発売日
2019/08/10
価格
935円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

幸福な監視国家・中国 梶谷懐、高口康太著 NHK出版新書

[レビュアー] 坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

 中国には街中に約2億台の監視カメラがある。ネットでの書き込みは、アプリの企業から政府に個人情報が行き渡る。だが著者らはこの監視社会を、安易にディストピアと捉えてはならないという。また中国で起きている諸問題は、日本でも他人事ではないのだという。

 中国人のテクノロジーへの信頼は高く、ある米企業の調査によると、27カ国中1位であった(日本は最下位)。AI化された監視カメラは交通事故を減らし、治安を改善した。頻発していた誘拐事件では、犯人の特定に大きく貢献した。また、自らプライバシーを明かすことにもメリットはある。たとえば自営業者は労働の記録を銀行に渡すことで、融資を受けやすくなった。政府はイノベーションに寛容で、IT金融の企業は「先にやって、後で認可を得る」スタイルで急成長を遂げた。法規制でベンチャーの手足を縛る日本の金融庁とは対照的である。

 それでも社会の監視ぶりはすさまじい。無数の人員が検閲にあたっており、流出した文書によると、中国共産主義青年団だけで1000万人の監視ボランティアを動員する計画なのだという。ネットに書き込みはできても、他者からはそれが見えない「不可視の削除」もある。本人はそれに気付かないし、何が問題視されたのかも分からない。社会的な影響力の強い信用スコアも、スコア付けの理屈は明かされていない。

 「最大多数の最大幸福」を原理とするように、政府は「善導」する。少数民族への弾圧は激しく、新疆ウイグル自治区には強制収容所のような施設さえある。これとて名目は治安のためなのだ。イノベーションに対する法の緩さは、人権保護に関する法の弱さの反面でもあるのだ。

 良くも悪くも遅れている日本は、中国のどの部分を見習い、どの部分を拒むのか、選び取ってゆかねばならない。本書が描く未来社会の一つの姿に、私は当惑せざるをえなかった。読後のいまも胸にその感覚が残っている。

読売新聞
2019年9月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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