スタン・ゲッツ 音楽を生きる…ドナルド・L・マギン著   新潮社

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スタン・ゲッツ:音楽を生きる

『スタン・ゲッツ:音楽を生きる』

著者
ドナルド・L・マギン [著]/村上春樹 [訳]
出版社
新潮社
ISBN
9784105071318
発売日
2019/08/27
価格
3,520円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

スタン・ゲッツ 音楽を生きる…ドナルド・L・マギン著   新潮社

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

 スタン・ゲッツ(1927~91年)という天才テナーサックス奏者の苛烈な生涯と痛ましくも美しい音楽が描かれる。若くしてスターとなったが、酒やヘロインに取り憑(つ)かれるのも早かった。「ディラン・トーマスのサキソフォン版さ」と酒浸りで早死にした英国詩人を気取るも、深酔いは激しい家庭内暴力を引き起こす。ドラッグは、「偉大な才能」のジャズ奏者チャーリー・パーカーが薬物依存者(ジャンキー)で、悪(あ)しき手本となった面もあったようだ。麻薬使用で逮捕されたゲッツに「麻薬中毒者の隣でプレイしたいとは思いません」とミュージシャン志望の高校生から手紙が届き、ゲッツはその返事として、ジャズ専門誌に自分の性格の弱さを吐露する長い文章を載せている。このあたりは読むのもつらい。

 やがてカムバックして美しいスウェーデン娘と出会い、アメリカを、「注射針の暴虐」を逃れて北欧で暮らし、名演も残す。だが安らぎは長続きせず、泥酔のあげく暴力沙汰を起こす。こうした数々の苦難をくぐり抜けて、熾烈(しれつ)なまでに美しいトーンで聴く者を魅了するゲッツ。酒とクスリを完全にやめた晩年、病魔に襲われる。ラスト・レコーディングは死の3か月前、コペンハーゲンでのピアノのケニー・バロンとのデュオでは、澄み切った音が聴ける。コンプリート盤を聴くと、口下手なはずのゲッツが自然に話していて感動した。

 訳者の村上春樹によるあとがきの題は「叙情と悪魔」。この音楽家にとって、ドラッグやアルコールという「悪魔」と、そのプレイに横溢(おういつ)する「叙情精神(リリシズム)」とは表裏一体であるからだ。だから、われわれは本書でゲッツを蝕(むしば)んだデーモンと付き合わなくてはいけない。とはいえ、デーモンについて知らなくても音楽は聴ける。ゲッツの音楽を深く愛する村上が躊躇(ちゅうちょ)したのもわかるだけに、翻訳に深謝したい。1人のアーチストの生き方としてジャズファン、村上ファンのみならず多くの人に読まれんことを。

読売新聞
2019年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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