あとは切手を、一枚貼るだけ…小川洋子、堀江敏幸著   中央公論新社

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あとは切手を、一枚貼るだけ

『あとは切手を、一枚貼るだけ』

著者
小川 洋子 [著]/堀江 敏幸 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120052057
発売日
2019/06/19
価格
1,760円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

あとは切手を、一枚貼るだけ…小川洋子、堀江敏幸著   中央公論新社 

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

 二十代のころ、一度だけ、ある人が紡ぐ言葉に恋をしたことがある。小説とは関係のない人だったが、その人の書く句読点も平仮名の使い方も好きだった。言葉は呼応する。その人の言葉に反応して出てくる自分の言葉にも驚きを感じ、大切にしていたのを覚えている。

 この本は、小川洋子と堀江敏幸が十四通の往復書簡によって創り上げた物語だ。「まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めた」という「私」と、子供のころ昼蛍を探しに行き、視力を失ってゆく「ぼく」。「私」と「ぼく」は過去に愛し合っていたようだが、今は遠く離れて暮らしている様子だ。

 「ぼく」と「私」の紡ぐ言葉は、書き手が別であるのに、溶け合い、呼応しているように感じられる。手作りの切手や二人で観(み)た映画、互いの本の引用から膨らんでいく言葉たちも魅力的だが、それだけではない。相手の言葉を摂取したことで呼応して発生し、編み物のように繋(つな)がって紡がれていく文章の数々を眺めていると、とても神聖で美しい言葉の実験室に呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしているような感覚に襲われる。

 「ヒトが使いはじめた言葉になる少し前の声」、と「ぼく」の手紙にあるが、この一冊の隅々からその「声」の気配をずっと感じていた。ニュースの中の五つ子を見て「私」が想像した、「音とも声ともつかない微(かす)かな空気の震え」、それがこの手紙と手紙の間に確かに存在しており、それが手紙を繋いでいる。

 それは奇跡のように思えるが、そもそも、言葉とはこうした奇跡の連続なのではないか、とも感じる。「私」は「今度生まれ変わる時は、アマゾンのカメと蝶(ちょう)になって」出会えたらいいのにという。蝶がカメの涙を飲んで栄養を摂取するように、私たちは言葉を交換し、呼応する。言葉は生きていて、永遠の化学変化を続けている。その目に見えない奇跡がこの本の中に存在していると、確かに思うことができるのだ。

読売新聞
2019年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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