脱毛の歴史…レベッカ・M・ハージグ著 東京堂出版

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脱毛の歴史

『脱毛の歴史』

著者
レベッカ・M・ハージグ [著]/飯原裕美 [訳]
出版社
東京堂出版
ISBN
9784490210149
発売日
2019/07/11
価格
3,520円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

脱毛の歴史…レベッカ・M・ハージグ著 東京堂出版

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

 私はどうして毎朝ヒゲを剃(そ)っているのだろうか。疑問を抱かず日々繰り返している行為が、本書を読むと、壮大な文明史とつながってくる。

 髪の毛以外の毛をめぐって悪戦苦闘する人びとの、大真面目な歴史叙述である。哀(かな)しくて痛くてちょっとユーモラス。脱毛と剃毛(ていもう)のアメリカ近現代史と言っても良いだろう。

 アメリカの先住民には顔や体の毛を抜いたり、焼いたりする習慣があった。その習慣のない移民者には野蛮の象徴に映ったという史実には驚く。リンカーンの顔を思い出せばわかるようにヒゲはむしろ文明の象徴だったのである。

 ところが、サービス産業の勃興により対人仕事が増え、女性のファッションも肌を露出するものに変わり、女性の「ムダ毛」が「発見」される中で、剃毛と脱毛の歴史が始まる。腕毛、腋(わき)毛、ヒゲやスネ毛などが感じのよさを損なうものとしてみられるようになり、女性はその処理に膨大なお金を払うという枠組みができる。その枠組みはポルノ写真や映画に如実に現れる。

 科学史的に面白いのは、脱毛の技術の変遷である。化学薬品、副腎の摘出、X線照射、ワックス、レーザー。医学と美容のはざまにあり、場合によっては一生残る傷を負う危険な処置でもある。第一次世界大戦時、ヒゲが、シラミがわいたり、ガスマスク着用に邪魔だったりという理由で、携帯用安全剃刀(かみそり)が供給された事実は興味深い。男性に剃毛習慣ができると、心理的抵抗があった女性もその習慣を取り入れていく。

 注目すべきは、本書が現代社会への鋭角の批判であること。本書はキューバ・グアンタナモ湾収容キャンプで米中央情報局(CIA)が被収容者に官許のもとで行なった「体毛除去」という虐待から始まるが、脱毛や剃毛が無意識的な圧迫となって存在する世界と、この虐待はどれほど遠いのか。脱毛文化は、社会に新たな階層を生み出していないか。本書が投げかける問いは、実はかなり重い。飯原裕美訳。

読売新聞
2019年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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