“キリスト者”であり“ヒップホップ・ヘッズ”でもある著者の実存をかけた一冊

レビュー

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ヒップホップ・レザレクション

『ヒップホップ・レザレクション』

著者
山下壮起 [著]
出版社
新教出版社
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784400310907
発売日
2019/07/25
価格
3,520円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ヒップホップはいかにしてキリストと交わるのか

[レビュアー] 大和田俊之(アメリカ文学者)

 現在のアメリカのヒップホップシーンを見渡すと、キリスト教をモチーフにした作品が目立つ。ケンドリック・ラマーの『グッド・キッド、マッド・シティー』(二〇一二)やJ・コール『ボーン・シナー』(二〇一三)は神や信仰をめぐる葛藤がアルバム全体の大きなテーマになっているし、チャンス・ザ・ラッパーの『カラリング・ブック』(二〇一六)やカニエ・ウェスト『ザ・ライフ・オブ・パブロ』(二〇一六)のように、ゴスペル音楽を大々的に取り入れた作品も存在する。

 では、反社会的な言動で知られるラッパーがときに吐露する神や信仰への思いや、ヒップホップと呼ばれる音楽ジャンルにおける宗教的な主題について私たちはどのように考えれば良いのだろうか。

 こうした問題を考察する上で最良の書が刊行された。本書は神学研究科の大学院に提出された博士論文がもとになっており、著者は黒人大学の名門として名高いアトランタのモアハウス・カレッジを卒業し、現在は日本キリスト教団阿倍野教会に所属する現役の牧師でもある。

 本論を構成する四章の中でも、とりわけアフリカ系アメリカ人の歴史と宗教について論じた第二章「ザ・ルーツ」はラップ・ミュージックのリスナーだけでなくブルースやR&Bなど多くの黒人音楽ファンにとっても有益だといえるだろう。多くのリスナーはブラック・カルチャーにおける宗教の影響力の大きさに漠然と気づいてはいるものの、その複雑な教義や宗派の歴史に尻込みしてしまい、未だ全体像が伝わっているとはいい難い。その意味で、最新の研究をもとに黒人コミュニティーと宗教の関係を丁寧に紐解く本章の記述は非常に貴重だといえる。

 また、CCM(コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック)─アメリカの音楽市場においてCCMはジャズとクラシックを合わせた二倍以上の規模を誇る─とゴスペル・ラップについて論じられた箇所も日本の読者にとっては新鮮だが、こうした歴史を踏まえて展開される著者の主張はきわめて刺激的である。

 公民権運動以降、アメリカの黒人コミュニティーの階層化が進み、高い道徳性や倫理を重視した黒人教会は現実の社会問題に対応できなくなってしまった。その状況下で若者に手を差し伸べたのがネイション・オブ・イスラムだったわけだが、著者はヒップホップもそうした環境で教会の権威から離れて宗教的機能を帯びるようになったと主張する。つまり、本書はヒップホップを保守化した黒人教会に対するストリート側からの「(聖書の)読み直し」として捉えているのであり、その試みは野心的だといえるだろう。

 ブルースとヒップホップの対比など少々議論が図式的に過ぎる印象を与える箇所もなくはないが、時折挿入される私的なエッセイにより、本書を支える学術的な議論が著者の経験に深く根ざしていることが明らかにされる。「キリスト者」であり「ヒップホップ・ヘッズ」でもある著者の実存をかけた本書は、アメリカの文化と宗教に関心あるすべての人が手に取るべき必読書である。

河出書房新社 文藝
2019年冬季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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