『色彩』
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繰り返される印象的なシーン 人生の第二章を生きる人々
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
人生の第二章についての物語だ。
親方と、職人が二人の小さな塗装屋に新顔が加わる。加賀という、豆電球を思わせる痩せっぽちの青年は、絵描きを目指していたが、才能に見切りをつけ、職人になるという。
久しぶりの新人に気持ちが浮き立つ親方と高俊に対して、元プロボクサーの千秋は苛立ちを抑えられない。体力もなく、見るからに現場仕事に不向きそうな加賀は意外にもペンキ塗りに才能を発揮するが、夜は酒に溺れ、朝、出社できないこともある。
千秋はもうすぐ父親になる。日本ランキング一位になりながらも、目を傷めて引退した自分と、絵をあきらめた加賀。似たところがあると自覚しながら、周囲から一緒だとみなされることを千秋は許さず、ぎこちない空気が流れる。
印象的な場面がくりかえされる。千秋たちが請け負ったアパートの塗装で、大家の若奥さんの希望で普通ならば外壁に使わない鮮やかなピンク色に塗ったものの、クレームがついてグレーに塗りなおすことになる。
経営難の工場では、壁に空の絵を描いてくれと頼まれ、加賀が中心になって明るい空を描く。丁寧に刷毛で描いたこの絵も、結局は灰色に塗りつぶされる。
どちらの現場もいわば徒労で、あとに残るのは何の変哲もない灰色の壁だが、手がけた千秋たちは、その下に鮮やかなピンクが、美しい空が広がっていたことを知っている。今の千秋はプロボクサーではなく、加賀も画家になれなかったが、すべてを賭けて目標に向き合っていた二人の時間が消えないのと同じように。
苦しんで苦しんで、夢をあきらめる自分を受け入れたとき、加賀も千秋も、自分なりに夢をつなぐやり方を探しあてる。「なんでも食べなきゃ大きくなれない」が口ぐせの親方の塗装という仕事への向き合い方がすばらしく、この人たちに頼みたいとリアルに思わせる丁寧な仕事ぶりが際立つ。今年度の太宰治賞受賞作。