『神奈川宿 雷屋』
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時代小説ファンもミステリファンも魅了 伏線を回収する謎ときのさまは快感!
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
世の趨勢を一顧だにせず、コツコツと自己の研鑽を積み重ねている作家が好きだ。中島要は私にとって正にそういう書き手である。
今回、刊行された『神奈川宿 雷屋』は、わけありの客しか泊めない雷屋で起きる連続怪死事件を扱った謎ときミステリの味わい横溢の逸品だ。
主人公は雷屋で女中働きをしているお実乃。雷屋は一階で茶屋をやっているが、実は、夜逃げや駆け落ちといった、人目につきたくないわけがありそうな客に、二階に泊まれますよ、とそっと囁くといった按配だ。
いま泊まっているのは、仇を追っている望月文吾と助太刀の渋谷新十郎、さらには、兄妹だといいつつ何かいわくあり気な男女、さらには老婆と息子の母子―このうち老婆が夕餉を食べたとたん、死んでしまったのだから、本来なら大騒ぎになるところだが、事を表沙汰にしたくない雷屋は、馴染みの医師・河井良純に年齢による自然死ということで息子をまるめこんでもらう。
ところが変死事件はこれだけでは終わらない。さらに、あろうことか雷屋には、攘夷浪士を取り締まる武士(その中には裏切り者がいる)等々が泊まっているので、人間関係も複雑を極める。
そして嬉しいのは、これ以上、刈り込みようのない程、完成された文体だ。作者はちょっとした単語の使い方等、考証面もなおざりにはしていない。
また、作中に挿入される、お花・お実乃姉妹の過去、いかにもずる賢こそうな雷屋の主人・仁八・お秀夫婦、そして大人の風格のある大旦那の末五郎等々、人物の描き分けもきちんと出来ている。
さて、そして事件の黒幕だが、それまで張られていた伏線がラストにおいて見事に回収されていくさまに読者は快感をおぼえるだろう。
時代小説ファンもミステリファンも楽しめる一巻だ。