話題の映画「ボーダー 二つの世界」同名短編集に見る、少数派のアイデンティティ問題

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少数派のアイデンティティ問題も描き公開中の映画との比較も楽しみ

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 映画『ぼくのエリ200歳の少女』の原作者として知られるヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト。現在は原作・共同脚本を手掛けた『ボーダー 二つの世界』が公開中だが、その原作を収録した同名の短篇集が刊行されている(山田文ほか・訳)。表題作は、人の罪や不安を嗅ぎ取る能力を持ち、税関で違法ドラッグの密輸を摘発する仕事に従事するティーナが主人公。仕事では重宝される存在だが、容姿に極度のコンプレックスを持つ彼女の心は孤独だ。ある日、旅行者ヴォーレに不審を抱くが、手荷物から違法な品を発見できず彼は入国審査をパス。後日彼に再会したティーナは、自分の出生にも関わる秘密を知ることに……。ファンタジー要素が濃いが、少数派のアイデンティティについての問題も含んだ一作だ。

 映画ではティーナ役とヴォーレ役の二人が厚いシリコンマスクをつけながらも繊細な演技を披露。小説の様々な場面がどうヴィジュアル化されているかも、見応えがあった。

 さて、スティーヴン・キングといえば彼の息子、ジョー・ヒルも優れたモダン・ホラーの書き手だ。『怪奇日和』(白石朗ほか・訳 ハーパーBOOKS)は中篇4篇を収録。冒頭の「スナップショット」は13歳の少年が、人から記憶を奪うポラロイドカメラを持った不気味な男に出会う。単なる怖い話ではなく、家族やベビーシッターとの愛情関係に気づいていく少年の優しさと勇気、その後の人生と記憶の物語となっていて、終盤は胸が熱くなった。

 日本のモダン・ホラーを知るなら東雅夫編平成怪奇小説傑作集1』と『同 2』(ともに創元推理文庫)を。平成の間に発表された短篇・掌篇の中から名作を選んだ編年体のアンソロジーで、全3巻の予定。ホラー作家に限らず、「1」には吉本ばななや北村薫や宮部みゆき、「2」には小川洋子や川上弘美、恩田陸や森見登美彦らの作品も。既読の短篇もこの並びで読むと恐怖感が増幅され、また違った味わいが楽しめる。

新潮社 週刊新潮
2019年10月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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