『将軍の子』
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<東北の本棚>不遇超えた会津の名君
[レビュアー] 河北新報
保科正之は江戸幕府2代将軍徳川秀忠の子で家康の孫。幕閣として兄の3代家光、幼い4代家綱を支えた。江戸市中を焼き尽くした明暦の大火で、民衆への炊き出しや防災の町づくりを陣頭指揮するなど数々の功績が伝わる。本書は会津松平藩の初代藩主である名君の半生を、周囲の視点で描きだす七つの連作短編集だ。
幼名幸松丸(こうまつまる)は秀忠の正妻お江(ごう)ではなく乳母の侍女との間に生まれた。秀忠はお江の妬心を恐れ、生涯、実子と認めなかった。秀忠側近の土井利勝はひそかに幸松丸を武田信玄の娘、見性院(けんしょういん)に託す。見性院亡き後は武田の旧家臣で信濃の小大名、高遠藩主保科正光の養子となる。
将軍の血を引きながら江戸城外に育つ不遇に気付かぬまま、幸松丸は実直素朴に成長する。出自を知ってからの心の動きは読みどころの一つ。名を改めた正之は異母兄の家光と対面する。家光は実弟の人格に触れ、会津23万石を与えて家綱の補佐を命じるほど信頼を寄せた。
正之を見詰める人々も内面にそれぞれ家族の痛みを抱えていた。実子と養子を早くに亡くした見性院。嫡男にも関わらず父母に疎まれた家光。土井利勝は家康のやはり落胤(らくいん)と目されていた。彼らがもたらす慈しみの中で、正之は民に尽くすことでその恩に報いる生き方を学ぶ。
武断政治から文治政治への転換期。求められるのは勇武と謀略にたけた乱世の英雄ではなく、現代にも通じる合理的な仁政の実践者だ。静かに展開するドラマと落ち着いたせりふに、読めばじんわり温かなものが込み上げてくる。抑制のきいた端正な文章は、正之の人柄そのものだったのではないかと思わせる。
著者は福島市出身、同市在住。2017年、初の単著である「会津執権の栄誉」が直木賞候補に選ばれ、一躍注目を集めた。第2作となる本書に収録された「夢幻の扉」でオール読物新人賞を受け、11年にデビューした。
文芸春秋03(3265)1211=1650円。