定価のない本 門井慶喜(かどい・よしのぶ)著

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

定価のない本

『定価のない本』

著者
門井 慶喜 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488028039
発売日
2019/09/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

定価のない本 門井慶喜(かどい・よしのぶ)著

[レビュアー] 岡崎武志

◆謎追い、古書の世界に浸る

 タイトルを見て、ありえないと驚く方もおられるだろうが、それが「古書」の世界だ。文化的価値、需要と供給などを加味して、自由裁量により店主が売価を決める。本書はミステリだが、古書自体がミステリなのだ。

 敗戦から一年、アメリカの占領下にある東京の古書街・神田神保町(かんだじんぼうちょう)が舞台。その片隅で、一人の古書店主が本に埋もれて圧死した。死の直前に大量注文をした望月不欠(もちづきふけつ)とは何者か、事故か自殺か殺人か? 姿を消した妻の行動が怪しい。亡くなった芳松(よしまつ)とは兄弟分の同業者・琴岡庄治(ことおかしょうじ)が探偵役となって真相追求に乗り出す。これが物語の発端だ。

 戦中の出版規制と空襲による焼失で起きた古書バブル期に、蚊帳の外にあったのが琴岡玄武堂。店を持たず、顧客相手の目録販売で古典籍を専門に扱うため、時代に乗り遅れた。著者は、神保町の成り立ちから、古書業者の経営方法、戦後の業界事情などを細かに説明しながら、事件の背後に大きな網を仕掛ける。

 それがGHQ(連合国軍総司令部)の存在だ。諜報(ちょうほう)担当少佐の命を受け、琴岡は米軍に接収された岩崎邸へ通う。日本の古文書・古典籍をすべてアメリカが買い上げ、本国で保管するというのだ。名付けて「ダスト・クリーナー計画」。その役目の前任者こそ芳松だった。徳富蘇峰(とくとみそほう)や太宰治(だざいおさむ)も実名で登場。古書という地味な世界が、とたんに派手になってきた。

 GHQの言いなりかと思えた琴岡が、少佐に対し一発逆転で啖呵(たんか)を切る、胸のすくシーンがある。「あんたたちは戦争中、何万発、何十万発っていう爆弾をあちこちの街にふらせてくれた。こんどは、こっちがふらせる番だ……文化の爆弾をな」。「文化の爆弾」の一例は平安中期の貴族の日記。たしかにすごい。

 最後に、神保町および日本中の古書業者が手を組み、「挙国一致」でアメリカ相手に総反撃を起こす。読者は謎に導かれ、興奮のままに古書・古典籍の深い世界へ深く浸ることになるだろう。あっぱれ神保町! 著者の狙いもそこにあるはずだ。

(東京創元社・1870円)

1971年生まれ。作家。著書『家康、江戸を建てる』『銀河鉄道の父』など。

◆もう1冊

ミステリー文学資料館編『古書ミステリー倶楽部(くらぶ)』(光文社文庫)。古書を題材にしたミステリーのアンソロジー。

中日新聞 東京新聞
2019年10月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加