三人姉妹それぞれの不幸を描いた童話のように不気味な三幕
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
童話は本来「子供向け」ではない。それは悲惨な死や残酷な罰を淡々と語りながら、幼い心に教訓を刻みつける。「三匹の子豚」の話では、脆い家を建てた二匹の子豚は狼に食べられるが、頑丈な煉瓦の家を建てた子豚は逆に狼を食べる。その教訓は、家庭が安定すればどんな難局も乗り切れる、といったところだろう。
では、本書に登場する子豚ならぬ三人姉妹はどうか。欲に生きる長女は水商売をしつつ母子家庭を構えるが、娘から見てよい母親ではなかった。愛に生きる次女も母子家庭を築くが、彼女にとって娘は妻子ある男の気を惹くための道具でしかない。家に生きる三女は理想の家庭を追求するあまり、夫と娘を犠牲にする。
母娘関係を中心に現代生活の不幸を執拗に描く本書だが、巧みな構成ゆえに、陰鬱な雰囲気でありながら最後まで一気に読ませる。本書は三幕もの演劇仕立てになっている。第一幕は長女の娘の亜樹、第二幕は次女の娘の布由を主役に配し、売れっ子脚本家の亜樹が見知らぬ叔母(三姉妹の三女)をめぐるトラブルに巻き込まれ、契約社員の布由が認知症の母親に振り回される様子を描きながら、三つの家庭の三通りの悲劇が冷酷かつリアルに語られる。
ならば第三幕は三女の娘が主役かと思いきや、意外な人物が活躍する。すると物語は急展開し、現実離れしたおぞましい「真相」が暴露される。呆気にとられる読者もいるだろうが、最後に悲劇が不条理劇に変容し、浄化の涙が黒い笑いに呑み込まれてしまうのは、童話をなぞった設定をもつ本書にふさわしい結末かもしれない。
本書は、理想の家庭像が共有されなくなった時代の「三匹の子豚」である。それは元の童話と同じくらい不気味だが、もはや教訓は得られない。そしてすべてを奪う狼は、誰の心に棲みつくのか分かったものではない。