『ファイアフォックス』
書籍情報:openBD
大胆なプロットの航空冒険小説
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】スタイリッシュなあの映画の原作――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/589885
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映画『ブレードランナー』が日本で公開されたのは、1982年7月である。続編『ブレードランナー 2049』が2017年に公開されたことはまだ記憶に新しいが、ここでは正編が日本で上映された同年同月公開の映画をピックアップしたい。それが『ファイヤーフォックス』。
クリント・イーストウッドが監督・主演をつとめた映画だが、原作に忠実な映画だったと記憶している。ちなみに、小説の表記は『ファイアフォックス』だ。
その原作を書いたのは、イギリスのクレイグ・トーマスで、冒険小説ファンに忘れがたいのは、あの『狼殺し』を書いた作者だからである。いまでも私は、日本に翻訳された冒険小説のベスト1はこの『狼殺し』だと信じている。1979年のパシフィカ版も、1986年の河出文庫版も絶版なのは残念だが。
クレイグ・トーマスは結構当たり外れの多い作家なので、その『狼殺し』でびっくりして他の作品に手を伸ばし、おやおやっとなることも少なくないため要注意だが、この『ファイアフォックス』は大丈夫。
架空の最新鋭戦闘機「ファイアフォックス」をソ連基地に潜入して盗み出すという大胆なプロットにも驚いたが、もっと驚くのは、盗み出すまでが物語の半分で、あとの半分は空を舞台にひたすら逃げ回るだけ、という構成だ。この単純な構成にもかかわらず、圧倒的な迫力で読ませてしまうのは、クレイグ・トーマスの描くディテールが迫真のリアリティに満ちているからである。一般的に海洋冒険小説に比べ、航空冒険小説はやや分が悪いが(冒険小説の舞台として船と飛行機を比べると、後者は行動が制限されるので圧倒的に不利だ。だから空を舞台にしたものは少ない)、大健闘ものといっていい。
ちなみに、『ファイアフォックス・ダウン』という続編がのちに書かれているが、こちらも面白いことは保証付きであることを付記しておく。