馬主になるには総資産7500万円以上が必要! 「相続馬限定馬主」がポイントとなる競馬小説

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ザ・ロイヤルファミリー

『ザ・ロイヤルファミリー』

著者
早見 和真 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103361527
発売日
2019/10/30
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

父母から子へ。そして孫へ

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)


馬主になるには総資産7500万円以上が必要!?(※画像はイメージ Photo by kanegen)

「相続馬限定馬主」という制度を初めて知った。JRAの馬主になるには、総資産が七五〇〇万円を超えていて、年間の所得が二年連続で一七〇〇万円を超えていること、という条件がある。

 問題は、馬主が死亡したときだ。故人が所有する馬はすべて法定相続人に相続されるが、その法定相続人がたとえばまだ青年であったりして、年間の所得が二年連続で一七〇〇万円を超えているという条件を満たさない場合がある。その場合、このルールを厳密に考えると、法定相続人は馬主になれないことになり、馬を売却しなければならなくなる。そこで、「相続馬限定馬主」という制度が登場する。こういう場合にかぎり、従来の馬主資格は適用されないというのだ。前年までの所得が一七〇〇万円に届かなくても、総資産が七五〇〇万円に足りなくても、飼い葉料などを負担できるのなら馬主になることが出来る、というのがこの「相続馬限定馬主」である。

 ただし、相続できるのは、そのオーナーが死亡する前に競走馬登録がされている馬に限定される。オーナーの所有する馬が将来種牡馬になり、そして子どもが生まれてきても、そういう馬は相続できない。この「相続馬限定馬主」という制度を本書で初めて知ったが、これが本書のキーポイントである。

 なぜか、という話の前に、ストーリーをしばらく追ってみよう。本書の主人公というか、狂言まわしは栗須栄治。大手の税理士事務所に勤務する二十九歳。転職しようと考えているときに大学時代の友人大竹雄一郎に会い、競馬場に誘われる。大竹の叔父が馬主で、翌日の重賞レースに持ち馬が出走するというのだ。さらに大竹は、加奈子も来るぞ、と付け加える。かつての恋人野崎加奈子の実家は北海道にある牧場で、その牧場の将来がかかっている馬も、その重賞レースに出走するという。

 栗須栄治が翌日、競馬場に行って加奈子と再会し、恋が再燃するというベタな展開にはならない。加奈子と顔をあわせるのがちょっと気が重かったので、栗須は競馬場に行かないのだ。ただし、気になるのでテレビで観戦する。大竹の叔父の馬、ロイヤルダンスと、加奈子の牧場が生産したラッキーチャンプが、素人目によく見えた。前者が2番人気、後者は9番人気。テレビを見ていると大竹から電話がかかってきて、どうだと言うので、「ダントツにロイヤルダンスが強そうに見えた」と答えると、じゃあ単勝馬券を買ってみる? と彼が言う。電話を切ろうとする大竹を止めて、加奈子の馬も良く見えたことを伝えると、「わかった、その二頭を応援しとけ。どちらも緑の帽子だからな」。

 レースは逃げたラッキーチャンプを、ロイヤルダンスが後方一気に差して1、2着。すると大竹からまた電話がかかる。「叔父さんがお前にお礼を言いたいってきかないんだ、お前のおかげでハナ差、かわすことが出来たって。だからこれから新宿まで出てきてくれないか」。

 こうして栗須は、大竹の叔父・山王耕造と知り合い、彼の会社に入ることになり、いつからか馬関係のマネージメントをすることになる。その意味でこの小説の第一部は、山王耕造と栗須の物語である。山王耕造は人材派遣業を主とする会社のワンマン社長で、毀誉褒貶半ばするこの男の破天荒ぶりが縦横に展開して飽きさせない。

 しかしこの長編の本当の核は、第二部だ。山王耕造と愛人の間に生まれた耕一が登場して彼の物語になる(非嫡出子であっても法的に正当な相続人であれば、相続馬限定馬主になることが出来る)ところから、本当の物語が始まっていく。つまり、馬も人も、父母から子と繋がっていくのだ。さらに、孫へと。それが競馬の歴史であり、人の歴史なのである。「相続馬限定馬主」というキーワードは、そのことを象徴するかのようだ。

 レースシーンがたくさん登場する。モデルが浮かぶ馬主も騎手もそして馬も、次々に出てくる。現行競馬を知り尽くした著者ならではのディテールがとにかく楽しい。しかし競馬を知らない読者でも、延々と繋がる血のドラマに悠々とした時の流れを感じて、しんとした気持ちになるのではないか。これは競馬小説であると同時に、父と子の小説でもあるのだ。

 ※父母から子へ。そして孫へ――北上次郎 「波」2019年11月号より

新潮社 波
2019年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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