行動経済学の使い方…大竹文雄著 岩波新書

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行動経済学の使い方

『行動経済学の使い方』

著者
大竹 文雄 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784004317951
発売日
2019/09/21
価格
902円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

行動経済学の使い方…大竹文雄著 岩波新書

[レビュアー] 坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

 人間が損得をどこまで計算しているか、できるかは、人間観の要になることである。できているなら、他者が本人の意思決定に介入するのは余計なことであろう。逆に、できていないなら、一定の介入は本人の判断を助けるだろう。近年脚光を浴びる行動経済学は、このうち後者を支持する。人間の計算能力は限られているし、損得の認識には偏りがある。それゆえよき判断を促す介入は、本人や社会の利得になると考える。

 たとえば人間は損失を、同じ額の利益よりも大きく感じがちだ。株の売却でいうと、値上がりしたとき売る「利確」はできても、値下りしたとき売る「損切り」は苦手である。これは人間が賢いからでも愚かだからでもなく、ただ我われはそのような生き物なのだ。こうした心理の傾向を知ることは、個人や社会の意思決定を改善するのに有効である。

 たとえば災害が発生しそうなときの避難勧告の仕方。ただ避難せよと言うだけでは、人は「避難したが、結局その必要はなかった事態」を想像して、なかなか避難しない。逃げて損をするのが嫌なのだ。アメリカではハリケーンの襲来時に「残留する人は身体にマジックで社会保障番号を書いてください」とメッセージを発したことが、多くの避難を促したという。人はそのメッセージを聞くと「避難せず、死んでしまう事態」を想像するからだ。逃げねば損をすると感じるようになるのだ。

 このように、人間の判断には独特のクセがある。しかも山のようにあるのだ。それらは自分の判断の補正や、他者の判断の誘導に活用できる。「誘導」の語に反感を覚える人もいようが、避難勧告でいうと、どのようなメッセージを発そうとも何らかの誘導にはなるのだ。それゆえ誘導する者は説明責任を負い、透明性をもつべきだと著者は語る。

 人間は不合理だが、その不合理のあり方には規則性がある。せめてその規則性を、我らが賢明に使いこなさんことを。

 ◇おおたけ・ふみお=1961年生まれ。大阪大教授。専門は行動経済学。著書に『日本の不平等』など。

読売新聞
2019年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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