小檜山賢二 写真集「TOBIKERA」
[レビュアー] 三中信宏(進化生物学者)
真っ黒な表紙に『TOBIKERA』とだけ書かれた書名を見てもほとんどの読者には何のことだかわからないだろう。しかし、あえて先入観なしに、美麗な深度合成カラー写真の数々を鑑賞する方がかえって効果的だ。
この稀有(けう)な写真集の被写体は、ほんの数ミリから数センチという微小な“自然の芸術的形態”だ。その精緻(せいち)きわまりないヴィジュアルデザインは、微細な砂粒を城壁のようにきっちり石組みし=写真=、落ち葉をみごとな曲線で切り出して綴(つづ)り合わせ、小枝を彫刻のように組み上げたオブジェとして形づくられている。写真なのに思わず触りたくなるリアリティーは読む者の目を惹(ひ)き付けてやまない。
これらの秀逸な“アート”がトビケラという虫の水生幼虫の巣だとはきっと想像もできないだろう。名もなき“昆虫アーティスト”たちはかくもみごとな“延長表現型”の作品群を渓流のなかで創り続けている。(クレヴィス、4500円)