国連事務総長…田仁揆著
[レビュアー] 篠田英朗(国際政治学者・東京外国語大教授)
人物に焦点をあてて歴史を描く手法は、学問的には広く採用されている。アメリカの大統領に焦点をあてて、国際政治史を描き出すといった手法が、その典型例だ。
しかし国際機関の指導者たち個々人に焦点をあてて、国際政治の動向を描き出す試みは、未発展だと言える。日本においては特にそうだ。
本書は、その間隙(かんげき)を縫う意味を持つ。25年間国連本部に勤務した筆者が、自分なりの体感も踏まえて、歴代8人の事務総長に1章ずつをあて、彼らの業績を紹介する。時々の国際政治上の大事件は、ほとんど漏れなく、国連に大きな影響を与える。本書を通読すると、国連の視点から見た戦後国際政治史が通観できるようになっている。
国連事務総長は、加盟国のエゴに翻弄(ほんろう)されて無力だと言われる。他方、日本の読者は、むしろ「世界のトップ外交官」でもある事務総長が、激動の国際政治の真っただ中で職務を全うしていることに驚くかもしれない。首相経験者である現在のグテーレス事務総長や、数多くの国連高官は、大臣経験者だ。教科書と合わせて読みたい一書である。(中央公論新社、2500円)