二人の娘と息子に本書を捧げた「ライス」
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
【前回の文庫双六】大胆なプロットの航空冒険小説――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/591682
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クレイグ・トーマスからのつながりですぐ思い浮かんだのが、クレイグ・ライスである。しかしファーストネームが同じこと以外は好対照の二人ではないか。
冒険小説の雄であるイギリスの男性作家トーマスに対し、こちらはアメリカの女性作家で、ぐっとソフトな作風。最も広く読まれているのがこの小説だ。十四歳のダイナ、十二歳のエイプリルに十歳のアーチー。三人姉弟が隣家で起こった射殺事件の謎に挑む。
子ども探偵という趣向に加えて、特色は、夫に先立たれ女手一つで彼らを育てる母親がミステリ作家だということ。締め切り間近になれば部屋から出てこなくなる。朝ごはんも夕ごはんも子どもたちが作って食べさせたりするのだから、むしろ母親のほうが彼らに育てられているというべきか。
姉弟が射殺事件に深入りしていくのも、これを解決してお母さんの手柄にすれば宣伝になり、本がどっさり売れるかもしれないと考えてのこと。なかなか健気な子どもたちなのである。
ところがこの三人、子ども扱いされるのが大嫌いで、実際大人顔負けの知恵と行動力を発揮する。九人の子どもを育て上げたというのが自慢の部長刑事など、いいようにおちょくられる。その様子がまたほほえましい。
事件の調査とともに、姉弟の母親と、イケメン警部補とのあいだのほのかな恋物語も進行する。こちらもまたご両人以上に、子どもたちの強力なイニシアティブによって展開されていく。
子どもたちはにぎやかに言い争いながら、絶妙な連係を見せる。彼らの暗号でいうなら、「アカックパカレケ」な活躍ぶりだ。こういう秘密の言葉、子どものころ使ったなあと懐かしい。とにかくお母さんが大好きで、お母さんのことばかりを考える三人は、まだ反抗期の一歩手前。だからこそこのスイート・ホームは楽園のように幸福なのだ。
作者ライスは本書を、自分の娘二人と息子に捧げている。