石川九楊自伝図録…石川九楊著 左右社

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石川九楊自伝図録 わが書を語る

『石川九楊自伝図録 わが書を語る』

著者
石川 九楊 [著]
出版社
左右社
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784865282443
発売日
2019/08/16
価格
3,520円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

石川九楊自伝図録…石川九楊著 左右社

[レビュアー] 通崎睦美(木琴奏者)

 <作品はそれ自体が自らの世界を語る>。著者はこれを大前提としつつ、作品やその背景を語る「自伝図録」を上梓(じょうし)した。初めて著者の書に触れ素直に入りこめないでいる人、あるいは見慣れぬ世界にとまどっている人に対し、作品を直視するうえでの観念的障壁を下げる役目を果たすだろうと見通している。

 現代美術が苦手ではない私も、著者の作品には長らく素直に対峙(たいじ)できずにいた。しかし、本書のおかげで、距離が縮まった。著者の作品は、抽象画のように捉えがちだが、これは絶対的に「書」なのだ。

 またこんなエピソードも心をほぐしてくれる。「九楊」という雅号は、中学校の担任でもあった書の師・垣内楊石氏による。生まれ育った福井県から京都大学に入学する際、師は故郷のことを忘れるなと、九頭竜川の「九」の下に、「おれよりいい仕事をしろよ」と自身の名を一字付けた名を与えた。<書のもつその古さやいかがわしさも含めて自分のものとして引き受けよう>と受け入れ、今に至る。

 京大時代から「書とは一体何か」「書をすることにどんな意味があるのか」と自問する。著者は、言葉が書になるためにふさわしい書法、表現を探り続ける。壁を乗り越え「書ける」ようになれば、今度は「書けば書になる」定型化から抜け出そうともがく。練習すればするほどうまくなるが、それだけでは、表現の中味は滑ってしまい空疎になるばかりで、何も訴えてこない。<ああ、上手に書けた作品ですね、それがなにか?>。うまく書けてしまうことに抵抗すること、それが作家の業のようなものという。

 本書で述べられる考え方は、芸術表現において普遍的なものだ。鑑賞者はもとより、音楽家は「書く」を「弾く」に、画家は「描く」に置き換えて、自らのこととして読んでみて欲しい。耳が痛いと感じるか、それとも同志と思えるだろうか。

読売新聞
2019年10月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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