記憶する体…伊藤亜紗著 春秋社

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記憶する体

『記憶する体』

著者
伊藤 亜紗 [著]
出版社
春秋社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784393333730
発売日
2019/09/18
価格
1,980円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

記憶する体…伊藤亜紗著 春秋社

[レビュアー] 本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

 視覚障害や吃音(きつおん)の当事者へのインタビューから、彼らが世界と向き合う方法を考えてきた著者が、本書では「記憶」を軸に、より多様なケースに迫る。研究とは普遍化を目指すものと考えやすいが、「身体」の研究者である著者は、生(なま)の体が持つ情報量のすごさ・個々の体の固有性に、常に圧倒されてきたという。

 どの事例も印象的だが、ここでは四肢のいずれかを失った人たちに触れよう。体の一部なしでやっていく努力のほかに、彼らは幻肢(切断した手や足が存在するように感じられる、まさに体の記憶に関わる現象)や、義手・義足などの装具ともつきあっていかねばならない。

 酔っ払い運転の車に轢(ひ)かれて左足膝下を切断した大前さんは、左足をかばって(甘やかして)生活していたら、全身のバランスが悪くなってしまった。そこで義足を積極的に使って体重をかけ、左足を再構築した。このときに、膝下の断端の部分にいきなり足の先がついている感じの「幻肢」が役にたった。足の裏や指を動かす感覚の記憶が残っているのを利用して、左足を制御するのだという。

 骨肉腫で右腕を肩から切断した倉澤さんには幻肢痛があって、幻肢そのものが独立した人格を持っているように痛む。3Dプリンターでさまざまな装具を作って試しているが、義手をつけることで幻肢や幻肢痛がなくなったら「手の記憶をなくすようで寂しい」と語る。

 先天的に左肘の下から先がない川村さんにとっては、左手のない生活が当たり前で、大きな不自由は感じていなかった。就職するタイミングで装飾義手(見た目を補うためだけの、動かない義手)を作ったが、義手との間には独特の距離感があるという。「スマホと義手が同時に落ちたら、パッとスマホを取ると思います」

 読後に、これまで無意識にしていた動作の手順をふりかえり、自分の体が発するメッセージに耳を澄ませたくなった。

読売新聞
2019年11月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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