Iの悲劇…米澤穂信著 文芸春秋

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Iの悲劇

『Iの悲劇』

著者
米澤 穂信 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163910963
発売日
2019/09/26
価格
1,650円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

Iの悲劇…米澤穂信著 文芸春秋

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

 山あいにあるわずか20軒の小さな集落「南はかま市」の簑石地区。一人亡くなり、一人去り、6年前とうとう誰もいなくなった。新市長がIターンの支援と推進を公約、ひとつの部署ができた。名付けて「甦(よみがえ)り課」。とはいっても課員は3人にすぎない。出世志向の強い公務員中の公務員万願寺邦和(まんがんじくにかず)、公務員らしくない、さばけた新人の観山遊香(かんざんゆか)、何があっても定時に退庁、やる気がまったく見えない課長西野秀嗣(ひでつぐ)。

 募集の結果、まず2世帯が移住する。しかしカーテンが焼ける火事が起きる。どうして起きたのか。かねて隣同士でトラブルがあったからなのか。やる気のない課長が見事にその謎を解明し、2世帯はいなくなった。次に10世帯が鳴り物入りで移住してくる。市長肝いりのプロジェクトが実を結んだとあって、新生簑石の開村式には地方紙やミニコミ誌はもちろん、全国紙やテレビ局も取材に来る。

 ところが、無情にも次々と事件は起きる。水田を利用して四方をネットで囲み、鍵まで掛けて飼っていたのにどうして鯉(こい)は消えてしまったのか。稚鯉が身を翻していっせいに泥に潜ったとでもいうのか。やがて謎が解かれるとともに人は去り、とうとう誰もいなくなった。

 一話一話がありふれた話のようでいて謎解きが実におもしろい。そして終幕では予想だにしない展開がやって来る。もうこれ以上書くと興が殺(そ)がれるのでやめよう。読んでいる私も見事に欺(だま)されたことを告白する。しかし、それは快い「裏切り」でもある。上質のミステリー小説を味わうことができた。

 それだけでない。ここには過疎化が進む地方の現実と、それを必死で食い止めようとする地方公務員の姿がある。万願寺は夢想する。黄金の稲穂が揺れ、人工池では鯉が何十匹も泳いでいる。バーベキューの煙が立ち上り、もうすぐ秋祭りが始まる。それは幻にすぎないのか。政治と行政のあり方まで考えさせられる。

読売新聞
2019年11月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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